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苦縁―東日本大震災 寄り添う宗教者たち
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いのち寄り添う ― 大震災 苦の現場から

心のケア・宗教の力 3(1/3ページ)

2012年9月13日付 中外日報
四十九日に合わせ金田住職と川上牧師らは海岸で鎮魂の行脚をした(昨年4月28日、宮城県南三陸町で)
四十九日に合わせ金田住職と川上牧師らは海岸で鎮魂の行脚をした

立ち尽くす壮絶な現実

できるのは「祈る」こと

10日以上も雨や曇り続きだった空が晴れた。震災から四十九日に当たる昨年4月28日、宮城県南三陸町は久しぶりに20度を超える春めいた天候だった。だが、夥しい人命をのみ込んだままの海は冷たく波打ち、壊滅した沿岸部は命の気配さえ感じられなかった。

超教派で被災者を支える「心の相談室」に集う同県栗原市、曹洞宗通大寺の金田諦應住職(55)は仲間の僧侶、そして日本基督教団仙台市民教会の川上直哉牧師(38)らと計12人で祈りの合同行脚に訪れた。

身を裂かれる気持ちだった。海中にはまだ多くの遺体が沈んでおり、多数の自衛隊員が黙々と捜索を続けている。見慣れた街は瓦礫の山ばかり。黒法衣にわらじ履き、網代笠の金田住職は「慰霊の灯り」を手に、黒ガウンの川上牧師は白いストールを首に掛けて廃虚の道を歩み、何もなくなった建物跡のコンクリート土台に並んだ。

海に向かい、般若心経そして讃美歌の声が響く。合掌する手が震え、「鎮魂」と墨書した幟が浜風に膨らんだ。その間も近くで変わり果てた姿の犠牲者が次々と引き揚げられる。一心に読経を捧げる金田住職は、涙で続けられなくなった。

「これが、これが神や仏のなせる業なのか……」。叫び出しそうになるそんな思いが込み上げる。「祈り」が「宗教の力」が、壮絶な現実の前に立ち尽くしていた。