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いのち寄り添う ― 大震災 苦の現場から

心のケア・宗教の力 8(3/3ページ)

2012年9月29日付 中外日報

妻が死に、部屋を全く片付けられないという男性の相談。連れ合いを失ったことが受け入れられず、葬儀や社会生活上の諸手続きも滞っていた。

話をするうちに、「弔い」をきちんとできていないことが問題の核心だと川上牧師も相手も気付いた。「その問題に手を付けるかどうかは本人の内発的な力ですが、それが出てくるのを待ち続け、求められれば対応するのです」

妻子を亡くし、その妻の親と暮らす男性は、自分の中にある不条理への「怒り」をどう処理してよいか迷う。それを家族に向けてしまうのが苦しくて助けを求めてきた。度重なる電話に、「傾聴と受容、そして怒りの解消のために助言もします」と言う川上牧師は、筋金入りの理論家らしく理詰めに話を展開する。

要点は「不条理の解釈」にあるという。「解釈」とは、まず出来事があり、過去にさかのぼってその原因を探し出す。次に、過去からまた現在へ「理由から出来事」への道を助走をつけてたどり直し、第4の段階として、その勢いで「出来事」を飛び越えて未来へ。つまり出来事の意味と自分の今後に及ぼす影響を推量する。

この男性の場合、妻の親に怒りが募り、その原因は「最愛の者が死んだのに世間体を気にした弔いしかしようとしない」こと。だから「思いを踏みにじられた自分が怒るのは当然で、親を責める」というものだった。

だが、川上牧師は何度も話し合ってその「解釈」をやり直した。親は本当に世間体しか気にしていないのか。その年齢、人生観や考え方、そして実の娘への思いを考え、その立場に立ってみた。男性は最後に納得し、安心した。

このような応答のプロセスこそ、宗教者の仕事だと牧師は強調する。

(北村敏泰)