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いのち寄り添う ― 大震災 苦の現場から

心のケア・宗教の力 21(2/3ページ)

2012年11月8日付 中外日報

「上求菩提 下化衆生」。「教化」すなわち「学び」。吉水副住職は、路上生活者支援でもそうだったし、被災地でもそう実感することが多かったという。

浅草公会堂のそばに野宿する男性に炊き出しのおにぎりを持っていった時、「ここに仲間がもう1人いたろ? ずっと捜していた奥さんが迎えに来て行っちゃったけど、その人たちの分までありがとうな」と感謝された。その妻も夫がずっとおにぎりの世話になっていたことを喜んでいた、その気持ちを男性はどうしても伝えたかったという。

吉水副住職は涙があふれた。自分は「何だかんだと言ってもおにぎりを配ることしかできない凡夫」だった。路上の男性は、自らが無力な人間であることをとっくに悟っている。その感謝の言葉によって副住職は自己を見つめさせてもらった気がした。

石巻の避難所では、疲労でピリピリする大人たちを気遣って子供たちが布団の中でぼんやりしていた。その子らとまず遊ぼうと、吉水副住職らが風船を持っていくと、「あ、坊さん!」と珍しそうに、10人、20人と集まってきた。

チョコレートを出すと「まじ、仏さん!」と、凍り付いた表情が緩んだ。そして、話を始めると「あの時、あそこへ行ってたら死んでいたのかなあ」とぽつり。その言葉に、人々の苦悩の深さをじかに学んだ。

以前は粗暴で乱闘事件も起こしていた東京の青年が、路上で支援するうちに仲良くなり、ボランティアに加わった。最初は食事目当てだったのが本気で参加するようになり、東北にも付いてきた。被災者から「津波に流されない家が欲しい」と聞いて、「よし、俺も建築を勉強して頑張る!」と言う。学びを得た青年の、子供たちのために一緒に遊ぶおもちゃを選ぶ目が真剣なのを、副住職は見逃さなかった。

その上で吉水副住職は支援活動には「社会性」が大事だと考える。そこでも、「諸行無常」つまり「われわれの住む世界は刻一刻と変化し、そこに生きるものの姿も一時的な状態にすぎず、縁によって変わっていく」。また「諸法無我」つまり「同じ世を生きる限り、自分と無関係なものなど何一つなく、社会における困難な問題はわがこととして直視すべきだ」という、仏教的世界観が根底にあるのだという。