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苦縁―東日本大震災 寄り添う宗教者たち
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いのち寄り添う ― 大震災 苦の現場から

心のケア・宗教の力 23(1/3ページ)

2012年11月13日付 中外日報
宗教の力――。大都会の雑踏で祈る僧侶の姿に、道行く人々は何を感じるのか(東京・銀座で)
大都会の雑踏で祈る僧侶の姿に、道行く人々は何を感じるのか

長期にわたる伴走者に

宗教の世直し力問われる

教えを学びつつ行動する。かねてそれを強調してきた曹洞宗僧侶の奈良康明・駒沢大名誉教授(83)が、「祈り」についてこんなエピソードを紹介する。昔からの知人で昨年他界したIさんの80年に及ぶ人生は不幸の連続だった。子供時代に両親を亡くし、中学を出て働いたが、先輩にだまされたり、会社がつぶれたり、病気になったりで職を転々とした末、30代半ばでようやく落ち着くと事故に遭って身体不自由になってしまう。

その後も苦労を続け、50代になって観音信仰に入った。が、観音菩薩像の前で座して合掌しているうち「何で私をこんな酷い目に遭わせるのか」「慈悲の菩薩ならこの体を元に戻してくれ」と毒づいたり懇願したりする自分に気付いた。

しかしIさんはその後、ずっと座り続けるうちにそうではないことが分かってきた、と奈良さんに打ち明けた。「観音さんを拝むということは、愚痴を言ったり頼み事をすることではない。自分を拝むことなんですね」。これを聞いて、奈良さんは心から感動したという。