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いのち寄り添う ― 大震災 苦の現場から

心のケア・宗教の力 23(2/3ページ)

2012年11月13日付 中外日報

「『祈り』とは、仏・菩薩に祈る、というよりは、仏・菩薩と共に祈るものだと思います」。そう語る奈良さんは、Iさんの言葉に「観自在とは異人に非ず、汝諸人これ也」という江戸時代の天桂伝尊禅師の言葉を思った。そして、「上求菩提 下化衆生」。つまり、このような祈り・信仰と、他者、死者を含む他者への奉仕こそが重要な救済の道だと説く。

宗教のさまざまな力は、そのように例えば「祈り」にも込められている。被災地の現場で継続的な支援活動をした長野県松本市、臨済宗妙心寺派神宮寺の高橋卓志住職(63)も、「被災した方々を強く思い、全身全霊を振り絞って祈ることで被災地との距離は間違いなく埋まる。そのことで被災地に"力"が生まれます」と言う。実際に、現地での取り組みに並行して、自坊で祈りの法要を営んだ。

宗派として多彩な援助をし、自身も現地を回った妙心寺派の河野太通管長は「苦難にある被災者に安易に頑張れとは言い難いが、あえて私はいのちに向けた祈りの言葉として『頑張ろう!』と言いたいのです」と言う。

「自然災害の猛威と宗教者の役割」をテーマに今年8月に開かれた比叡山宗教サミット世界宗教者平和の祈りに参加した、カトリックの大塚喜直・京都司教区司教は「祈ったら平和が来るのではなく平和は神から来る。祈りで神を動かすわけではない。平和は神の望みであり、そのために神は動いている。その意思を聞き、問うことが祈りです」と述べている。

そして宗教者による心のケアにおける、この宗教の力について、スピリチュアルケア専門家の井上ウィマラ・高野山大准教授(52)は、「サイコロジカル・ファーストエイド」という災害時ケアの解説書の「多くの人は宗教的な観念や儀式に助けられて大切な人の死を乗り越えていきます」との記述を示し、サバイバーズ・ギルト(生存者の罪悪感)に対しても、例えば僧侶に経を唱えてもらい、それを聞くことが力になるという。

「『願わくはこの功徳をもって普く一切に及ぼし、我らと衆生とみな共に仏道を成ぜん』とする普回向でいう功徳。お経を心を込めて聞くという行為は、その象徴なのです」と指摘する。