ニュース画像
江川会長を導師に営まれた世界平和祈願法要(大般若転読)
主な連載 過去の連載
エンディングへの備え
時代を生きる 宗教を語る
購読のお申し込み
新規購読キャンペーン
紙面保存版
トップ> いのち寄り添うリスト> 心のケア・宗教の力 23
いのち寄り添う ― 大震災 苦の現場から

心のケア・宗教の力 23(3/3ページ)

2012年11月13日付 中外日報

一方で、この大災害を前に、「人間に与えられた試練であり、背景に神や仏の深い思慮がある」という「神義論」が宗教者によって語られることがある。だが、宗教哲学者の金子昭・天理大おやさと研究所教授は「悲嘆にくれる人々を前にした時、神義論は果たしてどこまで説得力があるのか」と疑問視する。

「この震災に際して多くの宗教者は語るべき言葉を失った。現実は、性急な楽観的合理的解釈を拒む手ごわさを持っています。実際、この問題に徒な思弁を凝らす前に、宗教者たちは直ちに救援に立ち上がった。宗教を測る究極の尺度は、世界の教義的な解釈には存せず、むしろ人間をいかに生き生きと倫理的実践に促すかどうかにかかっているのです」

そして、宗教者の内に宿る、例えば「神の愛」といった倫理的意思からこそ実践のエネルギーが尽きることなくくみ出される。つまり宗教の力とはその源泉であり、それによって「世界がどんなに苦難に満ちていても自他の生命のために主体的な献身を行うことができるのです」と言う。

そのエネルギーが発動されるのはこの現実世界であり、そこで宗教の「世直し力」が問われる。世直しすなわち文明の転換は、まず人間の内面的革新から生まれ、それが民衆宗教の力となって社会構造を内部から変革し、そのためには宗教は最も低い立場に置かれた人々と同じ目線に立たねばならない、というのが金子教授の訴えだ。

震災後、「絆」という言葉がこの国中で取り沙汰されたが、「無縁社会」といわれた状況はいささかも変わってはいない。その中で、長期にわたる人生の伴走者になることが宗教者の任務だとする金子教授は言う。

「宗教の役割は人々の間に縁を形成し、それに力を貸すことにある。共に単独者として生きる人間の間に、互いにスピリチュアルに成熟した人格的相互関係として形成される『宗教的縁』です」

(北村敏泰)