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いのち寄り添う ― 大震災 苦の現場から

心のケア・宗教の力 28(3/3ページ)

2012年11月27日付 中外日報

11月18日、岡部医師を追悼するシンポジウムが仙台で開かれ、晩年の発言が紹介された。「行ツテ コハガラナクテモイゝトイヒ」と宮沢賢治の詩も引いて、看取り現場で重い意味があると生前に強調した言葉があった。「怖がらなくてもよい」

臨床宗教師構想を生み出した、超教派の宗教者たちによる「心の相談室」は、苦悩する人々にどう寄り添うことができるか、「心のケア・宗教の力」の壮大な実験だった。室長補佐として岡部医師と歩んだ日本基督教団仙台市民教会の川上直哉牧師は、神学者として、またさまざまな問題に取り組む中で「キリスト教によって人間について学んできた」ことが、ケアの現場で役立ったと感じている。

大震災の現場で「真理を語るのではなく、希望をこそ語るべきです」。全ての望みがなくなっても暗闇の中に兆すのが希望。そこに宗教者の能力と役割を強調する。何があっても宗教者は逃げてはいけないと説く。

信仰と自らの立ち位置とについては、「行っていることに信仰的説明をすると、それが限界になる。言葉に出すとそれが枠になる」という。「今ここでこういうことになっているのは神の御心」と思って行動する。

そこで、「宗教者は神様や仏様の存在に支えられて、絶望に抵抗して希望を語ることができる。その強みは『合理的な論理や科学的確率に依らずに安心・平安を宣言することができる』点にあります」と言う。その強みを生かして、相手を深く受容し、心の底から魂に届くように声を掛けることを求める。

「『大丈夫ですよ』と」。そして川上牧師は言う。「その時のために私はここにいるのです」

(北村敏泰)