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いのち寄り添う ― 大震災 苦の現場から

つながり、そして明日へ 1(3/3ページ)

2012年11月29日付 中外日報

一段落すると膨大な人数の犠牲者の弔いが続いた。近隣の寺は多くが流され、火葬した遺骨を次々預かることに。1日に5体は持ち込まれる。夜に車で遠く仙台の火葬場まで遺体を運んで焼き、朝に遺骨を持参する遺族もいた。小島住職は懇ろに大悲心陀羅尼を上げて受け入れ、骨壺の包み布に故人と喪主の氏名をフェルトペンで書き入れて納骨堂に安置した。

「皆さん、あまりの衝撃に悲しみの感情も出ず呆然としていました」。家族が全滅した孤児もいた。寒い中で亡くなったのだからと、「お骨さ寒ぐねえように」とカイロを骨壺に貼る男性は「夢ん中でじいちゃん生きとるみたいな気がする」とつぶやいた。住職自身が、夢の中で読経しているような気持ちだった。

「しっかり供養するしかない」。だが街は壊滅、行方不明者も多数で、個別の葬儀ができる状況ではない。そこで住職はいち早く、縁のあった33人の「合同葬」を営むことを決めた。亡き人とのつながりを、残った人の生きる支えとして確認するために。

津波からまだ20日もたたない3月30日、3時間も前の朝早くから人々が集まってきた。檀家だけではなく、半月以上暮らしを共にする着の身着のままの避難者も万感の思いで参列した。33体の遺骨を安置した祭壇を前に、全員の名前を俗名で入れた香語を住職が読み上げる。「思わざる災いによって……」。停電の夜にロウソクの灯で書き上げた追悼の言葉は1時間余り続いた。

背後で、500人以上もの焼香の列からすすり泣きが漏れ、締めくくりに住職は「これで安住の地で安らかに眠っていただけます。残った私たちは助け合って生きていきましょう」と語り掛けた。

(北村敏泰)