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いのち寄り添う ― 大震災 苦の現場から

つながり、そして明日へ 5(3/3ページ)

2012年12月8日付 中外日報

竹内さんは被災地での活動を「取次の出張版」と考えている。岡山県の本部に座って取次をしている教主の代わりに現場で目の前の人が助かるよう働く。そこで、「自分で判断すると間違うかもしれないので神様に聞きます」と言う。

被災した家で法的トラブルに遭った女性から相談を受け、「どうしたらいいのでしょう。金光様、金光様」と念じた。自分だけなら無責任に即答するのを、じっくり考慮することになる。

突き動かすのは「使命感」だ。当初、道端で見つかった亡き子のランドセルに取りすがって号泣する母親、泣きわめく赤ん坊を避難所から雪の降る外へ裸足で出て呆然と抱える母親の姿に接し、「最後の一人になっても力を尽くす」と誓った。

ワゴン車は右の車窓に海を見ながら半島を回り込む。積み上がった瓦礫の山をかすめ、昼前、潮の香りのする小渕浜の集落に入った。かつては刺し網など多様な漁で栄えた。孤立した被災後は20戸に8~33人、計369人が共同生活し、犠牲者の遺体も自分たちで捜索して家の中に安置した。そんな中で独自の自治組織が生まれ住民同士の団結が強まった。

港から少し入った場所にある佐々木巳代子さん(59)宅は、母屋を流され車庫を改造した小屋に住んでいる。「わあ、また来てくれたんだ」。顔がくしゃくしゃになる。「お元気そうで」。「墓掃除してたらハチに刺されたのよ」。隊員が缶詰などの入った袋を渡すより前に、「暑いからまあこれでも」と冷たいコーヒーを出してくれた。

「手ぶらでいいのよ、来てくれるだけで」。皆で冷えたスイカを食べながら「いつまでも被災者ではいられない。でも主人は震災後は切れたみたいにのんびりしてるわ。一生懸命やってたものが一瞬でなくなったから」。苦しい胸の内を親戚同士のように話し続ける。

(北村敏泰)