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いのち寄り添う ― 大震災 苦の現場から

つながり、そして明日へ 8(2/3ページ)

2012年12月15日付 中外日報

閉園された付属幼稚園舎にある同センターには、スコップやバケツが並び、洗濯物がたくさんロープにぶら下がっている。本願寺派の現地対策本部に併設する形で、震災直後に発足した。本山から派遣された職員や宗門内の支援者らが炊き出しなどの活動をする中で、他教団や一般のボランティアも集まり、救援物資の集積場、活動の拠点となった。

「阪神・淡路大震災などの経験からいろんなノウハウがあったから。お寺ということも集まりやすさにつながりました」。びっしり書き込まれたスケジュール表や寄せ書きが壁に張られたセンターの部屋で、同対策本部長の中岡順忍・別院輪番(52)が説明する。

別院から少し車を走らせば「地獄」が広がっていた。そこで何とか役立ちたいと思う人々が集う。「助けを求める人と助ける人がいる。そこで門徒と一般を区別する意味はありません。そんな論議をする暇があるなら目の前の任務をこなさねば」

コーディネートを心得た職員が、自治体の受け入れ窓口と連絡を取り合い、情報を発信する。広間で80人が宿泊でき、自炊も可能だ。ネットで検索した若者らがやって来る。1日だけの休みに夜行バスで着き、また夜に帰るサラリーマン。九州から来て半年も滞在した60代の男性もいた。

毎日のミーティングで支援先を分担し、当初の給水・炊き出し、泥出しから引っ越し手伝い、保育サポート、仮設住宅での茶会など、およそ考えられるあらゆる活動を展開した。今夏までにボランティア登録者は3千人を超え、延べ1万5千人が動いた。

中岡輪番は総局職員で震災後に着任した。もともと行動的な性格で、ミーティングには毎日参加し、茶会にもたびたび足を運ぶ。震災の年は、宗門にとって「親鸞聖人750回大遠忌」の特別な年。「聖人は、いらっしゃった時代の苦悩をかみしめられた。その教えの具体的な形が支援だと実感しました」と語る。