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苦縁―東日本大震災 寄り添う宗教者たち
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いのち寄り添う ― 大震災 苦の現場から

つながり、そして明日へ 9(1/3ページ)

2012年12月18日付 中外日報
民家などに続き、道路も除染作業が進む。しかし、出た汚泥や汚水の処理は進まない(今年9月、福島県飯舘村で)
民家などに続き、道路も除染作業が進む

「祭りって絆ですよね」

原発避難者に笑顔戻る

「福島は特別だ……」。被災地の各地で震災・津波の被害を語る際、宮城や岩手でも決まってそんな声を聞いた。天災に加え、人災あるいは「犯罪」ともいえる原発事故で故郷を追われた苦悩を、他県の被災者も思いやる。寺社の檀家氏子も離散し、絆はずたずたにされた。だが、そんな中にも新たなつながりを求める動きがある。

天台宗の五大院は福島市内の市街地から遠く離れた南東部、飯野町にある。以前から無住だが、近くの観音寺の鈴木行賢住職(43)がつかさどり、町民が挙げて盛り上げる毎月の「不動尊縁日」で知られる。震災から間もない5月28日も、あまり広くない五大院境内は住職が焚く護摩に参拝する人々、名物の団子汁や特産品の屋台、そしてギターやサックス演奏のステージに集まる何百人もの町民で大にぎわいだった。中に飯舘村の村民50人余りの顔も見えた。

計画的避難区域として全村移転を強いられた飯舘村からは、飯野に村役場全部が移転し、村民70世帯以上が仮設住宅や空家に移ってきた。学校も廃工場跡に入った。もともと飯舘からは西へ18キロほど、車で30分の「隣村」で、「嫁さんが行き来する」近しい関係だ。

近くの学校跡地を訪ねると、温かい雰囲気の木造板壁の仮設住宅30棟が並んでいた。だが「健幸運動教室」といったのぼりが立つが人影はない。掲示板には催し案内に並んで、通知が何枚も掲示してあった。「除染業者を装った不審者に注意」「賠償金を狙い『放射能を除去できるエアコン』を売りつける詐欺」

そんな不安な生活を送る避難村民を明るく迎えようと、町民が縁日に招いたのだった。高齢者が多いが、しばらくぶりに笑顔もこぼれた。「大変じゃね」と気遣われる。