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いのち寄り添う ― 大震災 苦の現場から

つながり、そして明日へ 9(2/3ページ)

2012年12月18日付 中外日報

「お世話になりますのでよろしく」。駆け付けた飯舘村長が万感の思いで挨拶した。「放射能汚染の心配は私たち町民も同じで、本当にここに住んでいいのかともやもやしています。でも苦しさ比べをせず、ひとときでも楽しく、明るく生きてもらうのが坊さんの仕事」と鈴木住職は言う。

縁日でひときわ喝采を浴びたのが、村の虎捕地区の女性たち11人による「虎捕太鼓」演奏だった。何年も前に始めた創作芸能で、メンバーは小学生から30代主婦まで。長く縁日の世話人をする丹治敬子さん(80)が少し前、「せっかく町へ来ていただくのだから」と村民の話を聞きに行ったのが公演のきっかけだ。

女性らは「避難を指示されたが動きたくねえ。だげどとても怖い」と震えていた。皆で集まる場にという丹治さんの提案にも、「誰もが逃げてそれどころでねえ」。だが、語り合ううち「最初で最後かも」と実施が決まった。震災前に衣装を新調したばかりだった。縁日当日は避難先から集まってきた。

「ドドドドーン」。腹に響く音が境内にこだまする。錦の帯を締めた真新しい白法被の袖から撥を持つ腕が突き上がり、力強く振り下ろされる。曲は村人が近くの虎捕山へトラを捕まえに行く物語だ。11人全員が涙を流しながら演奏し、「これまでで最高の出来じゃ」と喜ぶ村民も、丹治さんも頬を濡らしていた。

「祭りって、絆ですよね」。丹治さんも鈴木住職も口をそろえた。「普段ばらばらで会えない人にも会える」。この縁日自体が元々、住民のつながりを深めるために作られたものだ。「過疎を吹き飛ばせ」と10年前に町おこしの機運が高まり、アイデアを競う「ホラ吹き大会」を開いた。飯舘村で行われていた試みをまねた。そこで廃寺同様だった五大院で催しをする案が出、丹治さんら住民が担い手になって「ホラ」が現実となった。