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いのち寄り添う ― 大震災 苦の現場から

つながり、そして明日へ 9(3/3ページ)

2012年12月18日付 中外日報

「寺がご縁をつなぐ場になれば」。鈴木住職は、祭りが30年続けば本当の伝統になり、そのころには飯舘の人も同じ仲間だと夢見る。五大院境内には震災後に地元から寄贈された30センチほどのかわいい地蔵石像がある。被害がひどい宮城の南三陸や大川小近くから石を持ち寄った台座の石柱には「想い」の文字があり、像は遠く海の方角を向いている。「未来を見ているのです」と住職がほほ笑んだ。

この9月、その飯舘村にほぼ10カ月ぶりに入ると村境の峠の放射線量は毎時2・4マイクロシーベルトで以前と変わらなかった。荒れた田園地帯を抜け、空き家だらけの市街地を公民館近くまで走ると、道路端で除染作業が行われていた。

メーンの県道を100メートル余り片側通行止めにし、機材を積んだトラック4台、ポンプ車、タンク車が並び、二十数人の厳重な防護装備の作業員が、高圧放水で路面や側溝を洗浄する。溝のコンクリート蓋を開けて汚泥を集め、容器に封入しては仮置き場へ搬出していた。見たところはドブ掃除だが、近寄ると排除される。

近辺の住宅、商店の外壁などは除染済みとのことだが、そばにいた男性は「こんな広い土地できりがないし、どのくらい効果があるのか……」と言葉を濁した。しぶきが反対車線にも飛び、車が猛スピードで走り抜けていく。近くの農協も郵便局も寺も閉鎖され、入り口には雑草が1メートル以上も茂っていた。

ここから北へ、山奥の虎捕地区に入ると、夕暮れの集落には人影一人見えなかった。地区中心の神社の鳥居下で、線量計は3・09を計測した。

(北村敏泰)