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いのち寄り添う ― 大震災 苦の現場から

つながり、そして明日へ 11(3/3ページ)

2012年12月27日付 中外日報

11月26日、真宗寺院最大の年中行事である宗祖親鸞の報恩講を警戒区域外の寺を借りて営んだ。その通知に安否と移転先確認を兼ね、280通の手紙を転送を願って元の住所宛てに出した。かなりの数が「宛先不明」で戻り、返信があった転居先も青森や九州地方にまで散らばっている。「老夫婦は長崎で息子一家は東京という檀家や、離婚したケースもありました」。住職は胸が痛んだ。

だが例年2日間なのを1日に短縮した法要には、遠方の避難地からも計70人が参列し無事を確かめ合った。全員で「正信偈」を読経し、住職は「寺の今後も不透明ですが、皆さんから見えるように活動します」と宣言した。安堵が広がり、「また相談事頼むわ」と声も掛かった。

帰還準備が始まっても曲折は多い。新築の家と高齢の母を津波で失った檀家の60代男性は、この4月に戻ると物置を改造してでも住み、そこから納骨を出すと張り切っていたが、しばらくして「やはり暮らしていけない」と他県に移転してしまった。

しかし、相馬地方の門徒は180年前に北陸から集団移住し、苦労を共にしたという仲間意識が強い。白江住職を生まれた時から知っている老人もおり、毎月のように法話会や子供会に知った顔が集まっていた。「なので原発なんかにやられても付き合いが続けられるのです」

寺を守る住職は、檀家だけでなく地域からも慕われ世話にもなっていると思う。「だから、未来にも一番大切なのは、つながりです」。今年の大みそかには寺にとどまって除夜の鐘を突き、皆の笑顔で新年を迎えたいと願う。

(北村敏泰)