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所有者不明から一転 大門、増上寺に返還(1/2ページ)

2016年4月15日付 中外日報(時事展描)

長らく所有者が不明だった東京都港区の浄土宗大本山増上寺の旧総門「大門」がこの春、都から同寺に返還された。寺域の東端にあった大門は現在、高層ビルに囲まれながらも、かつての広大な境内の威容を物語る。地元に愛されるランドマークで、同寺は今年度中に屋根瓦の改修、塗り替えなどを行う。(赤坂史人)

譲与申し入れから40年

毎年4月に営まれる御忌では大門から増上寺大殿までお練りが行われる
毎年4月に営まれる御忌では大門から増上寺大殿までお練りが行われる

増上寺は明治維新の上地令で寺領が奪われるなどし、経済的に困窮したため大門も維持できなくなり、東京府(現東京都)に寄付した。現在の大門は老朽化のために東京市が1937(昭和12)年、市民などに寄付を募って鉄筋コンクリートに改築したもので、従来の意匠を変えずに高さを1・5倍の5・25メートルにした。今の境内から約200メートル離れた2車線の区道の上にあり、下は多くの車が行き交っている。

第2次世界大戦で周囲が焼け野原になったにもかかわらず奇跡的に残ったが、老朽化が著しい。門の下部はくすんだ赤色の塗装が剥がれている。それでもビルの中で見せるたたずまいには存在感があり、写真を撮る観光客も少なくない。高度経済成長期には、観光バスが通行できないことから取り壊しの話が持ち上がったが、住民の反対署名で回避された。

東京都の所有物のはずだったが、いつの時代か財産目録から抜け落ちてしまった。増上寺は本堂「大殿」を建設した74(昭和49)年頃から、境内整備の一環として大門の譲与を行政に申し入れてきた。同寺の関係者によると、東京都は「都の財産目録にないものは譲与できない」の一点張りだったという。

ただ、門の下は交通量も多く、東日本大震災では瓦の一部が落ちたことからも通行人の安全が不安視される。震災後、寺側も簡易的な調査をした。