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苦縁―東日本大震災 寄り添う宗教者たち
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熊本城再興、宗教者も支援(1/2ページ)

2016年10月21日付 中外日報(時事展描)

熊本地震の発生から半年。地震で町のシンボルである熊本城も大きな被害を受けた。熊本市は11月から寄付による「復興城主」を募るなど城の早期復旧に向けて官民挙げた取り組みが進む。地元の宗教者も城が元の美しい姿を取り戻すよう祈りを込め、支援を進めている。(飯川道弘)

地鎮祈祷を来月再現

町のシンボルとして地元宗教者も復旧を願う熊本城
町のシンボルとして地元宗教者も復旧を願う熊本城

真言宗醍醐派・醐山青年連合会副理事長の藏本崇正・本蔵院(同市中央区)住職は、地震復興を仲間の青年僧と共に支援する「百螺祈願」(11月7、8日)を企画。熊本城内の加藤神社と阿蘇市の阿蘇神社で醐青連主催の復興祈念法要を営む。

藏本住職は京都生まれだが小学生の時、父の自坊・本蔵院に居を移した。地震で被災した熊本城の姿にショックを受け、「自分も熊本県人になっていたんだな」との思いを抱いた。「我々の一つのシンボルであり、熊本という町に愛着を持って過ごしているんだなということを再確認した」と言う。

醐青連では震災前に熊本で別の行事を企画していたが地震で中止になった。藏本住職は仲間の青年僧と支援活動を続けるうちに、醍醐派の僧侶として熊本のために何かできないかと思案。地元の歴史をひもとく中で熊本城、清正公と山伏との縁が浮かび上がった。

加藤清正(1562~1611)は熊本城築城に当たり「龍蔵院」という山伏を招き、地鎮祈祷の法要を営んだという。藏本住職は「この祈りを現代に再現できないか」と考え、生まれたのが百螺祈願だった。

7日は同派青年僧ら百余人の山伏が、熊本市街地の本蔵院から加藤神社まで約2・5キロを徒歩で練行。熊本城を仰ぎ見ながら100丁の法螺貝の音色を城主・祭神の清正公に奉納し、法要を勤めて町と城の復興を祈る。

法要には仲田順和管長が親修し、「醍醐の花見」で豊臣秀吉が眺めた桜と同じ遺伝子を持つ総本山醍醐寺の「クローン桜」を加藤神社の境内に植樹。秀吉から清正への「贈り物」とし、復興の新たなシンボルになることを願う。

翌8日は阿蘇修験ゆかりの阿蘇神社で法要を営む計画だ。

藏本住職は「復興に向けて経済的な支援や音楽イベントなどはあるが、熊本の皆さんが一緒に手を合わせる機会がない。寺と神社で行う、宗旨を超えた今回の企画を通し、熊本県人が一つになれば」と百螺祈願への思いを込めた。