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第87回 1、ふるさと喪失と原発 アメリカ的社会の副作用

大谷中学・高等学校前校長 真宗大谷派 善照寺住職真城義麿

2012.05.22~2012.06.12

  • 1、ふるさと喪失と原発アメリカ的社会の副作用
  • 3、現代の苦しみを予言大地が貨幣に殺される
  • 2、人間は経済の材料か成果で人の価値を見る
  • 4、生かされ生かして大切な"不都合な他者"

昨年3月末で14年間勤めた京都の大谷中学・高等学校の校長を辞して、故郷である瀬戸内海の小さな島(愛媛県)に帰り、現在島の寺の住職として生活している。この寺は、織田信長が石山本願寺を攻めた時に本願寺に加勢した侍が自分の子を僧にして寺を開基したものだから、400年ほどの歴史がある。周りを見ても、瀬戸内の真宗寺院は400年前後のものが多い。

ふと思ったことだが、我々が何につけ参考というより手本としてきたアメリカは、ピルグリム・ファーザーズの上陸から数えても、この寺の歴史ほどの年数はない。独立宣言からだと250年たっていない移民国家である。そのこと自身を問題にするわけではないけれど、その土地の由緒や歴史との一体感なく、新しく住み始めた人たちの、しかも人種民族や出身国籍もさまざまな、つまり家系的個人的な歴史もばらばらな人たちが、ルールを決めて共有しながら作り上げられた社会である。

そのアメリカの制度・機構・発想で形成されたものを、政治も経済も教育も生活もことごとく安易に日本へ持ち込み、アメリカの51番目の州と言われるほど、隅から隅までアメリカナイズされ、アメリカ的な見方考え方がベースになっているわけだが、今となって、その副作用の大きさに立ちすくんでいる。

たとえば、私たちの生きる時空(社会)について、かつての日本では、今生きている人間だけでなく、そこで生きて死んでいった人たち(先祖)やこれから生まれてくる人たちも含めて、そして人間とともにある自然環境も併せて「ふるさと」であった。大地も川も海も、空も風も、みんな含まれていた。しかし欧米の、生きている人間だけを対象とした、ルール(契約)を共有することで成り立つ「社会」を標準・常識として日本中が都市化され、結果、豊かなふるさとを喪失した。原発も米軍基地も工場も、その常識の上に建設されたと、今改めて思わずにいられない。