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第96回 1、被災者の前で 宗教の「言葉」など絵空事

「阪神宗教者の会」世話人代表 神戸国際キリスト教会牧師岩村義雄

2013.04.23~2013.05.21

  • 1、被災者の前で 宗教の「言葉」など絵空事
  • 3、キリスト教伝来 庶民に福音届かなかった
  • 2、教会をゼロから 弱者と共に生きていく
  • 4、宗教者の責務 ただ衣食あらば足れり

2011年3月11日の未曾有の東日本大震災は日本の進むべき道の転換点となりました。震災はおびただしい犠牲と被害をもたらしました。目を覚ました時、夢だったらよかったのにと思うほど壮絶である報道に、あの時を思い出しました。

1995年1月17日です。阪神・淡路大震災の焼け野原になった長田の地域です。未明の時、家内が散乱した家の調度品などを片付けたり、余震におののいていました。

後日、人前で「うちの主人は何とのんきか、棚の上のものが寝ている場所に落下して顔などに載っかっていても、何事があったのかと、高いびきでした」と。朝3時間の睡眠をとって、ハバサックを背負って向かいました。

キリスト教の宣教に情熱をもっていた私は、JR朝霧駅や神戸駅前でも路傍伝道をしました。大きな声をはりあげて、福音を語っても誰も足をとめて耳を傾ける人はいませんでした。「ご通行中の皆さん、時は満ち、神の国は近づいた。悔い改めて福音を信じましょう」と寒風なんの、何時間も語りました。

被災し、どうやって生きていけばいいのかと不安、恐怖、失望で打ちのめされている人にとって、キリスト教の「愛」とか「神の国」とか「永遠の命」は絵空事にしかすぎません。

宗教の言葉などどうでもいいのです。求められたのは水でした。暖をとるための着るもの、器具や食べ物でした。宣教の旗印の無力感で、敗残兵のように伝道者としての資格が萎えました。