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第98回 1、繁殖を終えたら 「医療」を頼りすぎない

老人ホーム同和園付属診療所長 『大往生したけりゃ医療とかかわるな』著者中村仁一

2013.06.25~

  • 1、繁殖を終えたら 「医療」を頼りすぎない
  • 3、一病息災 完治望むと苦しくなる
  • 2、年相応 「老い」に寄り添う思考法

ヒトが繁殖を終えるのは何歳ぐらいか。女性は毎月卵を産まなくなった時と明白であるが、男性がはっきりしない。しかし諸般の事情を勘案すると、定年、還暦頃と考えるのが妥当であろう。

なぜ問題にするかといえば、繁殖期とその後では、「生き方」を変える必要があると思うからである。すなわち、繁殖期は、右肩上がりでいいが、繁殖を終えたら右肩下がりで考えた方が、生きるのが楽だと思うのである。しかし、現今、見かけ上若く見えるため、どうしても右肩上がりの姿勢が改められず、いろいろと不都合を生じることになる。

人間を60年以上もやっていれば、不具合が出て当然である。いわば"摩耗故障"であり、老化がらみである。

発達したといわれる医療を頼りがちであるが、年寄ったものを若返らす力はない。けれども、思い込みが強く、いまさら医者にかかってくすりをのんだところで、もとからすっかりよくなるはずはないのに、大病院の専門医に行きたがる。

また、病気やケガは、医者やくすりが治してくれると誤解している。主役は、本人の治す力、「自然治癒力」であり、医者やくすりは脇役である。極論すれば、本人に治せないものが、他人の医者に治せるはずがないということである。

さらに「医療」には「不確実性」もある。つまり、やってみないと結果はわからないということ。医療の利用は、回復の可能性が高い場合や生活の中身(QOL)の向上が見込める場合に限るべきである。

ただし、年寄りの場合、肺炎は治ったのにぼけたとか、骨折はうまくいったのにねたきりになったなどという二次障害、廃用症候群が起きることがよくある。修繕に出す前よりひどくなるケースが結構あるのに留意が必要である。