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第99回 1、ホスピスで知る つながりこそ「いのち」

医師 ヴォーリズ記念病院ホスピス長細井順

2013.08.06~2013.09.03

  • 1、ホスピスで知る つながりこそ「いのち」
  • 3、看取りの時 故人の想い出を共有する
  • 2、死を超えて 他者の「生きる原動力」に
  • 4、人生とは 「生命」と「いのち」の物語

「いのちがいちばん輝く日~あるホスピス病棟の40日~」というドキュメンタリー映画(http://www.inochi-hospice.com)が全国各地で上映されている。この映画の舞台は、我がホスピスである。ドキュメンタリー映画なので、役者はひとりも出てこない。出演者はホスピスですごす患者さんと家族、それに私たちスタッフだけ。ホスピスのありのままの日常をつづった映画である。この映画制作を思い立ったのは、ホスピスの真実、そこで「いのち」が生まれることを多くの人たちに知ってもらいたいと願ったからだ。

漢字で「生命」と書いて「イノチ」と呼ぶ場合と平仮名で「いのち」と表記する場合とでは、その意味するところが違ってくるように思う。その違いに気づくようになったのは、ホスピスで患者さんとのお別れを経験するようになってからだ。

私はかつて、外科医としてがんの手術を手掛けてきた。その時にも患者さんとのお別れはあった。手術により一時的に回復はするが、後年再発で亡くなる患者さんがいた。彼らが遺していくものは、外科医にとっては苦い想い出や貴重な教訓だった。患者さんの死も仕事上の一コマだった。

一方、ホスピスで患者さんと共通の時間を過ごしてきた時には、最期のお別れの場面を通して、肉体としての「生命(イノチ)」は終わりを告げても、それで、何もかもが終わったわけではないと思えるようになった。ホスピスで出会った患者さんは、私に生きる力を与えてくれた。先に旅立つ人たちは生きることについて大切なことを教えてくれるような気がするのだ。

他者の生きる力になる。それが平仮名の「いのち」なのだと気づいた。他者に支えられ、他者とのつながりの中でしか生きることはできないこと、つまりひとりでは生きられないことを強く感じた。そのつながりこそ「いのち」なのだ。