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時流ワイド

「尊厳死」を選びますか(4/5ページ)

2012年10月4日付 中外日報

最期まで命を慈しむ世の中に

人工呼吸器をつけた子の親の会 バクバクの会事務局長 折田みどりさん

尊厳死法制化は患者が生きるための支援ではなく、死なせるための支援のような180度違う方に向いているのではないか。無駄な治療をせずにさっさと死ぬのがいいことだという意識に誘導されるのは目に見えている。今でも障害があるとそんな体で生きていても無駄なんだという優生思想がある中で、ますますそういう方向に進んでいくと思う。

疾患によってここまで治療するというガイドラインができて治療の線引きに使われる中で、呼吸器を付けたまま家に帰れない患者が増え、ICU(集中治療室)が空かない。本来治療が必要な子の受け入れができないと問題になった。

医師の間でも何でもかんでも治療するのがいいのか、そこまでして生きさせることに尊厳があるのかという方向に行き、「看取りの医療」の名の下で、呼吸器をはずし、最期を看取りましょうという流れになっている。呼吸器を付けてくださいと言っても、いいじゃないですかと付けてもらえない現実があるのに、法律ができたら必要ないでしょうとなるだろう。

脊髄性筋萎縮症(ウェルドニッヒ・ホフマン病)の私の息子は生後6カ月で呼吸器を付け、2歳までしか生きられないと言われて今は23歳。あの時、諦めて呼吸器を付けてもらえなければ今の生活はない。簡単に命を諦めてもらいたくないと子供たちとこうして生活してきて本当に思う。

よく言われるのが、あんなにまでなって、呼吸器を付けてまで生きたくないと。呼吸器は終末期に使われる道具というイメージがあり、そういう部分もあるが、会の子供たちにとっては、生きるための道具だ。胃瘻もそうだが、生きるために必要な道具だと捉えることが大事だし、そうして生きている方が大人も含めて大勢いる。

法制化の目的は医療費の削減だろう。命を大切にという方向では全然ない。どんな状況になっても最期まで命を慈しんで家族と一緒に過ごそうという思いがなくなっていく。そうなったら寂しい世の中だ。