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トップ> 時流ワイドリスト> 松本サリン事件から18年 直聞インタビュー 河野義行さん
時流ワイド

松本サリン事件から18年
    直聞インタビュー 河野義行さん(4/5ページ)

2012年11月3日付 中外日報

松本死刑囚も恨んでない

最初から恨みはなかった?

あんまり恨みの感情はなかった。自分がえん罪になるかもしれないという時に漠然と祈っていたのが、私は無宗教ですが、これが天なり神なりの意思ならあえてお受けしますと。自分でできることは精いっぱいやりましたが、渦中でも大騒ぎはしませんでした。

罪に対する赦しとは。

赦す、赦さないといったって結局、相手が決着をつけるんですよ。こっちがいくら赦さないと踏ん張ったところで、向こうが何とも思っていなかったらしょうがないことで、反省するのも向こうの自由です。

松本死刑囚のことも恨んでいない?

そうですね。

するとオウム真理教の犯した罪とは。

もちろん人を傷つけたり、殺したことは大きな罪ですが、(オウム真理教が母体の)「アレフ」とか「ひかりの輪」に結構居場所のない人がいる。自分でものを考えられない人というか。教団にいれば、あれやれ、これやれということで何も考えなくても生活できる。世の中からあれほどバッシングされたり差別されても、まだ教団の方が居心地がいいっていうのは何なのか。

それだけ一般社会が住みづらい?

特に若い人が。われわれの若いころの方がはるかに元気があったし、やりたいこともできたけど、今は希望を持てない。価値観が物とかお金とかに走っちゃったからじゃないかなと思う。

お金をいっぱい持っていてもすごく不幸せな人もいる。最低限、例えば月にコメ10キロは買えるぐらいのお金は欲しいけれども、お金を持っていれば幸せというわけでもなくて、心の向いている方向とか在り方で決まる。

自分の中で居心地のいい部分で暮らせばいいと思うんですけどね。夕焼けを見たってお金はかからないし。

河野さんの話は仏教の少欲知足の教えに通じます。

あれも欲しい、これも欲しいというのは切りがない。そういう人はどこまでも満足を得られないと思います。

仏教は苦しみの根源は物事への執着にあると説きます。

だから、鹿児島に出てくる時は家も土地も全部子どもの名義に変えて、言ってみれば今、居候ですよね。出てけって言われればホームレスに即なれるぐらいですけれど、何もない楽さっていうのがある。

どうせどこかでは終わるんですから。そんなに付属物をいっぱい持っていてもしょうがないやっていう思いもある。

夫人の澄子さんが亡くなられたのは2008年。どんな感慨がありましたか。

やっとふるさとに戻ることを許されてよかったね、みたいな。彼女だって14年間寝たきりではあったけれども子どもたちや自分を支えてくれた大事な存在だった。ただ、彼女はしゃべることはできない、体を動かすこともできない。

そんな状況の中で生きていくということはすごいストレスだったと思う。そういうところを頑張って死ぬことを許されたんだから、僕はお祝いだって言ってたんですよ。やっとふるさとに帰れるんだっていう。だから明るく送ろうと。