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時流ワイド

差別と芸能、宗教の関わり
    直聞インタビュー 猿まわし師 村崎太郎さん(2/5ページ)

2013年3月23日付 中外日報

仏教の教えが心の支えに

猿の「反省!」ポーズでおなじみの猿まわし師、村崎太郎さんは被差別部落出身という生い立ちに悩んできた。いったんは途絶えた伝統芸、猿まわしを復活させ、テレビや公演に引っ張りだことなったものの、心の奥に常にわだかまりがあった。だがテレビプロデューサーで、妻となった栗原美和子さんとの出会いをきっかけに自らの出自を公表した。栗原さんは日蓮宗長遠寺(福岡県直方市)の出身。平等を重んじる仏教の教えに接することが、差別でうちひしがれそうになっていた心に大きな希望を与えた。(有吉英治)

「正しい理解が差別解消につながる」と話す村崎太郎さん
「正しい理解が差別解消につながる」と話す村崎太郎さん
猿まわし 猿と人間が見せる大道芸。猿引き、猿舞などともいい、鎌倉時代の歴史書『吾妻鏡』にも登場するほど歴史は古い。古くは馬の守護のため祝言を述べて猿を舞わせ、初春の祝福芸として禁裏への出入りも許された。江戸時代には幕府や大名のお抱えとなり組織化もされた。次第に季節を問わず大道芸、門付芸として広く庶民から愛された。

宮中で演じられた猿の芸

猿まわしは日本の伝統芸ですね。

インドでは3千年前から行われており、2千年前に中国、そして約1500年前に日本に伝わりました。日本に入る時は仏教と一緒で、仏教と大変縁のある芸能といえます。

猿は世界各地で神、あるいは神の使いとして崇められてきました。馬の守護神とも考えられていたので、戦闘や輸送に馬が重要な役目を果たした時代には猿の芸が大変ありがたがられたのです。

平安時代に宮中で演じられたという記録もあり、非常に古い芸能と言っていいでしょう。そのころの芸がどのようなものだったか詳細は分かりませんが、鎌倉時代にはお正月を言祝ぐめでたい芸として認識されており、時がたつにつれて正月だけでなく人々を楽しませる芸として定着していきました。

大衆芸能として栄えたのに途絶えました。

江戸時代には歌舞伎と猿まわしが二大芸能でした。歌舞伎の祖とされる出雲阿国は京都の河原で興行し、歌舞伎役者は「河原乞食」と呼ばれました。普通の人が住まない河原に追いやられていたのです。歌舞伎役者も猿まわしも、同じ身分でした。

明治時代に入ってからは、歌舞伎が大変な隆盛を見せる一方、猿まわしは衰退しました。歌舞伎役者は維新後も努力を重ね芸を磨いたのですが、猿まわし芸人はそうではなかったのです。神事と深い関わりを持つ猿まわしは幕府とも深い関係にあり、その後ろ盾を失って急速に衰えてしまいました。そして昭和に入ってついに途絶えてしまったのです。

芸能と差別の関わりは。

今も芸能界に被差別部落出身者は多くいます。職業差別がある中、芸能界は実力と運に恵まれれば人生をひっくり返せる世界です。在日朝鮮・韓国人も多いのですが、近年の韓流ブームでこの差別に対する芸能人の意識には変化が見られます。この流れが広がれば、これまでタブーとされてきた被差別部落問題でも、出自を語れる時代が近くまで来ていると私には思えます。

もちろん芸能人は自分のブランドを大事にしており、それは自分だけでなく関係者の仕事にも関わることですし、家族に影響があったらと心配して被差別部落出身だと公表できない人もたくさんいます。誰かが思い切って口火を切らなければ何も変わりません。

自分の出自を堂々と語れる時代をつくりたいという思いはずっと持っていました。誰もやらないなら自分がやらねばと思ったのです。私が公表したことが突破口になって、どこの出身であれ胸を張って生きていける世の中になればと願っています。