ニュース画像
敬白文を読み上げ決意を示す菅管長
主な連載 過去の連載
エンディングへの備え
時代を生きる 宗教を語る
購読のお申し込み
新規購読キャンペーン
紙面保存版
トップ> 時流ワイドリスト> 差別と芸能、宗教の関わり 直聞インタビュー 村崎太郎さん
時流ワイド

差別と芸能、宗教の関わり
    直聞インタビュー 猿まわし師 村崎太郎さん(3/5ページ)

2013年3月23日付 中外日報

悩み苦しんだ末の公表 寺院出身の妻が理解者

被差別部落の問題は。

差別の一番の根幹は職業です。被差別部落の人たちには皮革を扱う職業に就く人が多くいました。生き物の命を絶ったり、動物を扱ったりする仕事です。そうした職業でしか生きていくことができなかったのです。

私たちは肉を食べますが、それは誰かが牛や豚を殺しているから食べることができるのです。自分が殺していないからといって、生き物に感謝することもなく、さらには動物を殺す職業の人を差別するようなことがあってはなりません。

宗教にはケガレの思想が伴います。殺生する者は人にあらずといった考えに発展するわけですが、これを続けていては今後も差別の歴史を繰り返すことになります。宗教者はケガレの問題点を現代社会で生きる人たちが理解できるよう、きちんと説明していく必要があると思います。ケガレの問題と殺生に関わる職業との関係をきちんと説明していけば、差別に対する人々の意識の根幹が変わるはずです。

これまでどのような信仰を。

実家は真宗寺院の檀家ですが、あまり信仰心はありませんでした。父が亡くなって初めて宗派を知ったような状態です。

芸能界は浮き沈みの激しい世界です。30代から40代にかけて悩みが深まり、自分をどう保っていいか分からなくなりました。本を読んではどうしたらいいか考えました。相当読みましたが、やはり己の力だけではどうすることもできませんでした。

この時、信仰は必要なんだと痛感しました。それまで宗教を必要としてこなかったのは、宗教が不必要なのではなくて、宗教について知らなかっただけだったのです。オウム事件などでみんな宗教に対して拒否反応を示しますが、それは信仰の問題ではなくて、民衆と宗教の携わり方の問題なんだと思います。

結婚してから妻の実家のお寺に寄るたびに、日蓮聖人のお話を聞かせてもらいます。すると聞いていて心が安らいでいくのが自分でも分かるのです。これまでの自分の生きざまや、人権をどう考えればいいのかといった、もやもやしてどうしようもなかったものが、仏教の教えを聞くことで整理されていくのです。

差別と闘った父・義正さんはどんな人でしたか。

父の言葉で忘れられないものがあります。「生きとし生けるもの、全てが愛おしい」。厳しい差別と闘う中で得られた境地なのでしょう。それは今になってみれば、宗教の教えから来たもののような気がします。どうしようもない人間の悲しさに、手を差し伸べてくれるのが宗教なのだと思います。

父は念仏したりする人ではありませんでした。若いころには先祖代々の仏壇をたたき壊したと聞いています。後にまた仏壇は置いたのですが、それほど先祖から受け継いだものに対するやりきれなさが強かったということなのでしょう。

それが、生きとし生けるものは全て愛おしいという心境にまでなったのです。生き物を扱う者として、命あるものを輝かす仕事をしていこうという考えに至ったのです。私も初代次郎が亡くなった時、感謝の思いが浮かんできたことをよく覚えています。

宗教と差別については。

お寺にある過去帳が、人の階級づくりに利用された面があることは否定できません。そういった点からも、宗教が悪しき業をつくった面もあります。

今、社会的地位や職業における差別は徐々に解消されつつありますが、依然として強く残っているのが結婚における問題です。これは家と家の問題ですから、国が制度を変えてもなかなか変わるものではありません。一人一人の心の問題でもありますから、宗教者が語るのにふさわしいものだと思います。

私は、一人の理解者がいてくれれば救われるんだと、妻に出会って分かりました。妻の中では差別心というものが取っ払われているんです。それが義父の栗原正震・前住職と話をしていると、納得できました。

日蓮聖人は自らを旃陀羅の子、漁師の子と言っておられます。それが事実かどうかは諸説あるそうですが、私が大きな意味を感じるのは、日蓮聖人があえて差別される側の出自であると表明されたことです。

差別される側の立場からすれば、たとえ仏様に救いを求めても、自分の身分では救ってもらえないのではないかと、つい思ってしまうのです。でも日蓮聖人が自らを旃陀羅の子と言ってくださったら、被差別部落に生まれた自分でも救いを求めていいんだと思えます。仏教を支えにして生きていいんだという思いが湧いてくるのです。