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時流ワイド

社会むしばむ「いじめ」(3/4ページ)

2013年4月27日付 中外日報

友久久雄・龍谷大教授に聞く

大津市立中学校の男子生徒がいじめを苦に自殺した問題を調査した第三者調査委員会が今年1月末にまとめた報告書は、自殺の原因となったいじめを「暗いトンネル」に例えた。教育現場に「暗いトンネル」を生み出してしまった原因は何か。小児精神医学が専門の京大病院医師の友久久雄・龍谷大教授(臨床心理学)に話を聞いた。

宗教界がセーフティーネットに

教育現場の抱える問題点などについて語る友久教授
教育現場の抱える問題点などについて語る友久教授

報告書は、重篤ないじめが少年に屈辱感、絶望感をもたらし「いじめの世界から抜け出せないことを悟り、生への思いを断念せざるを得なかった」と指摘しています。現代のいじめは、なぜこれほどまで深刻化したのでしょうか。

昔もいじめはあったと思うが、いじめる側も常に相手のことを考えていた。人間は孤立することが最もつらい。いじめられている子が孤立して悩んでいることに気付けば、「もうこれ以上は」とブレーキが自然にかかった。

相手の気持ちが分かる人間になるには、子どものころに親や周囲の人たちに愛される、受け入れられる経験が大切。愛され、受け入れられた子は相手の気持ちが分かるようになる。そうした経験が無い子どもたちのいじめは相手の気持ちが分からず、ブレーキが利かずにエスカレートしていく。

一部の教師がいじめに気付きながら、情報を全体で共有できなかったことも問題ですね。

学校はある意味で「学級王国」。あるクラスにいじめの問題があることに担任以外の教師が気付いても、そのことを担任には言わないし、いじめがあるクラスの担任が他の教師に相談することもない。

医者は患者の問題点を明らかにして治療しようとする。そのためには原因の究明が第一。しかし、教育の場では「きれいごと」だけで解決しようとする。

例えば、高校2年生の女子が腹痛と言ったならば、医者はまず妊娠を疑う。そのことを念頭に置かずレントゲンをかけた後に妊娠していることが分かれば大変。最悪のことを想定し対応するのが医学の基本だ。

教育の場ではそうは考えない。最悪のことは考えずに「きれいごと」で済まそうとする。今回も学校にいじめがあってはならない、という「きれいごと」主義があったのではないか。

「学級王国」や「きれいごと」主義の弊害を改善し、いじめなどの問題があれば教師全員で情報を共有し、意見を述べ合って問題の解決に当たらなければならない。

いじめを受けている子どもたちが親や教師に相談しようとしないことが多いそうですが。

教師について言えば、多くの教師は自分が成績評価者だという意識が薄い。その一方で子どもたちを頭から押さえ付けるような指導をする。そういう姿勢が子どもたちには権威主義的に映ることが分かっていない。

確かに教師には子どもたちを教えるという縦の関係もあるが、教師が子どもたちから学ぶべきことも多い。単なる知識の切り売りではなく、教師も子どもたちも互いに人としての知恵を培っていく場が学校ではないか。

その知恵には当然、宗教、宗教心も含まれますね。

宗教は人間の知恵を超えた智慧に目覚めることの必要性を説くものであり、仏というのは人間の知恵を超えた智慧のことである。そういうものが現実にあることに教師も子どもたちも気付く場が学校や教育にも必要だと思う。

ただ、今回の問題で宗教界からはほとんど意見などは発信されておらず、マスコミも宗教者に意見を求めようとはしません。全国にある社寺など宗教施設はコンビニの数よりも多いのに、どうしてなのでしょうか。

コンビニよりも多いということは、本来は人々はコンビニ以上に社寺を必要としていなければならないはずである。しかし、宗教者が社寺の境内にとどまって人が来るのを待っているだけでは駄目である。「悩みがあるならば自由に入ってきてください」といったサインを宗教者の側から発信すべきだ。

そうしたサインが常に発信されていれば、いじめで悩んでいる子どもたちも社寺に駆け込むことができる。宗教界はいじめのセーフティーネットの役割を果たすこともできるのではないか。