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時流ワイド

社会むしばむ「いじめ」(4/4ページ)

2013年4月27日付 中外日報

六甲カウンセリング研究所所長 井上敏明氏

いじめの発生のルーツとして①強い個性の人間がストレスを発散するのに弱い者を対象にする②衝動的エネルギーにあおられて欲求を成就するための暴力行為③嫉妬心の発露として優位に見える相手をおとしめようとする欲求④不器用で空気の読めない者が不具合感や嫌悪感を抱かせることに腹を立て、無き者にしようといたぶる――などが考えられる。

これらは他者との関係を介して自分の存在を確かめ自己を防衛しようとする誰もが抱く心のやりくり、心の力動性に起因している。

人間は人をいじめることを良しとしており、いじめが好きともいえる。これは事実だ。なぜなら人間は動物だから。そのことを忘れてはいけない。学校現場では抑制力をつけるための教育が必要ではないか。

精神病理学者 野田正彰氏

いじめの元凶は競争の教育を強いる文科省だ。「子どもの権利条約」に基づき、過度に子供たちを競争に駆り立てる教育が問題であるとの国連の勧告が3回も出ている。集団から排除された人たちが憂さ晴らしの対象に弱者をいたぶるという関係が出来上がっている社会は日本しかない。学校の教師は上の言う通りにしろと指導され、教育意欲が著しく落ちている。

いじめられ犠牲になっている子供たちはもちろんだが、いじめている子供もかわいそうだという認識を社会はもう少し持たないといけない。自分の可能性を他者への暴力としてしか発散できない子供たちをつくっているのは私たちの責任だろう。宗教者は、地域の子供たちを見て、こんな競争をあおる教育形態はいけないと声を上げ、教育を変えさせてほしい。

山口県教育委員会委員長・浄土真宗本願寺派誓光寺住職 村上智真氏

縁にふれればこの口で何を言い、この手足で何をし、この心で何を思うかわからないこの「私」自身を知らせしめる教育こそ心の教育の原点ではないかと思う。「汝自身を知れ」。聖人と讃えられる方々の共通の原点だ。己を知るためには鏡がいる。その鏡こそ経典・聖書・論語・哲学。そういう意味からも教師自身が宗教に学ぶ心と姿勢が求められよう。教師が本当の「師」となれるか、教師の人間味が問われている。「師」を持たない教育は人間を育てることができない。

いじめに悩む子には「君は一人じゃないよ、君を守る人がたくさんいるんだよ」、いじめている子には「やったことは反省し、一緒に克服して新たな道を求めていこう」と寄り添う。教師も僧侶もそんな存在でありたい。

ジェントルハートプロジェクト理事 小森美登里氏

いじめの問題を解決するために、大きな組織であるPTAと宗教界に期待している。PTAは全ての親が関わる組織ではあるが、子供の卒業とともに離れていく。だが寺社は地域の中心として関わり続けていく。

子供たちが心に傷を負って、亡くなっていくことは全ての大人の問題で第三者はいない。宗教界には、もっとこの問題を取り上げてほしい。

ただ「いじめは駄目」「命は大切」ということは、誰もが知っていることなので、あえて教える必要がないと思う。それよりも「一人一人が心を持っていること」「違う人間が集まって世の中ができていること」を伝えてほしい。

また一方的に教えるのではなく、地域の人たちと一緒に考える時間をつくって、みんなで答えを導き出してほしい。