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時流ワイド

「政教分離」に直面する復興(3/6ページ)

2013年6月27日付 中外日報

日本国憲法

第20条【信教の自由】

①信教の自由は、何人に対してもこれを保障する。いかなる宗教団体も、国から特権を受け、又は政治上の権力を行使してはならない。②何人も、宗教上の行為、祝典、儀式又は行事に参加することを強制されない。③国及びその機関は、宗教教育その他いかなる宗教的活動もしてはならない。

第89条【公の財産の支出又は利用の制限】

公金その他の公の財産は、宗教上の組織若しくは団体の使用、便益若しくは維持のため、又は公の支配に属しない慈善、教育若しくは博愛の事業に対し、これを支出し、又はその利用に供してはならない。

日本では津地鎮祭訴訟の最高裁判決の「目的効果基準」が必ず引用される。憲法第20条、89条の禁止条項に関して、「行為の目的が宗教的意義を持ち、その効果が宗教に対する援助……圧迫」等になるかどうかという判断基準を示したもので、この基準を用いて違憲・合憲の判決が出ている。

同基準は実質的に政教分離を緩和する方向で機能している、という指摘もある。また、例えば宗教法人所有の文化財に対する補助は、歴史上、芸術上の価値に注目し、文化財それ自体の保護の措置として行うなら憲法上許される、と解釈されている。政教分離の実際の運用は十分に研究の余地がある問題なのだ。

東日本大震災という未曾有の大災害で、あらためて政教分離が問い直されたと考えるならば、浄土寺の例のような行政側の杓子定規に映る対応には疑問が残る。別の事例を見てみよう。

納骨目的の立ち入り認めず

南相馬市の旧警戒区域との境界線に設置された看板
南相馬市の旧警戒区域との境界線に設置された看板

福島県南相馬市、福島第1原発の17キロ地点に位置する曹洞宗同慶寺。周辺は昨年4月まで警戒区域に指定され、さまざまな制限が設けられていた。墓地への納骨もその一つ。同寺の田中徳雲住職は今年3月に東京で開かれた全日本仏教会の「いのちと原子力」をテーマとする第2回シンポジウムで次のような実態を報告した。

――警戒区域に住民の立ち入りが許可されるのは必要な物品の搬出という目的がある場合だけ。震災後亡くなった家族の遺骨を納めに行くことはできない。「納骨のために立ち入りを許可するのは、行政が仏教を擁護することになるから」というのが理由だ。

納骨目的の立ち入りを認めない行政側はしかし、こう助言した。「春物の着物を取りに行くと申請し、ついでに納骨するケースは多いですよ」と。

一見、行政側は柔軟な姿勢を示唆したようにも見えるが、一定の理由はあるにせよ搬出のみ許可する規則と「政教分離」をタテに、納骨という宗教的に重要な理由のある行為を禁じるのは果たして適切な対応だろうか。結果として個人の「信教の自由」を制限している事実を直視すべきだろう。政教分離が信教の自由を制度的に保障するものであることを考えれば、行政がこのように政教分離を持ち出すのは倒錯している。