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時流ワイド

スポーツと信仰の関係(4/5ページ)

2013年7月20日付 中外日報

平安団結生む心の持ち方

練習前に合掌礼拝する平安の部員
練習前に合掌礼拝する平安の部員

平安野球部の部員は87人。

燧土勝徳校長は「宗教的情操の涵養が教育の原点。人の話を聞く集中力を持つ、相手の心が分かるなど、心の持ち方の部分に影響している。それが団結力にもつながる」と選手を諭している。

毎日の練習の最初と最後に必ずグラウンドに向かって一列に並び、全員で合掌礼拝する。OBの原田英彦監督(53)が在校中から続く伝統だ。3年の瀨口昌樹選手は「野球ができる環境があることへの感謝の気持ちで合掌している」という。

3年の西田典輝さんは昨年9月、監督からマネジャーをやるように告げられた。野球がやりたくて平安に入った。戸惑いもあったが、今ではみんなの役に立ちたいとの思いで取材陣や体験入部の中学生の対応に当たっている。臨機応変の対応で部員らの練習環境を支える西田さんへの監督や選手の信頼は厚い。

西田さんは校門の脇の掲示板に掲示されている「人生に無駄なものは一つもない」といった標語を見るたびに自分を見つめ直す。「直接、仕事には関わらなくても、心の蓄えになっていると思う」

甲子園出場が決まると藤井和乗顧問が部員全員に腕輪念珠を贈る。宗門の学校に学ぶ生徒だというアイデンティティーを確認するためだ。西田さんは1年の夏に初めてもらった。「みんなが同じ色のものを身に着けて一つになった。試合に出る者も、応援する者も一つになれる」という。

練習中の部員の動きには乱れがない。トレーニングや投球・バッティング練習のときはもちろん、グラウンド整備、器材の搬入設置に至るまで、90人近い部員のそれぞれが粛々と各自の役割をこなす。彼らは一本のひもで一つの輪になっている念珠の珠のように、固い団結力で結ばれている。

実践の論理、宗教団体に蓄積

全国制覇を目指す重圧は大きい。どんなスポーツでも厳しい鍛錬に耐えるには強靭な精神が必要だ。そこに宗教が働く場所がある。

宗教社会学とスポーツ社会学が専門の諸岡了介・島根大准教授は「教えが直接に野球の強さにつながらなくても、実践に即した宗教の言葉がスポーツには効果的」と指摘する。

「スポーツにおいては単なる事実認識の論理や言葉だけではなく、実践の論理や言葉が重要。例えば『努力は必ず報われる』という言い方は、事実認識としては必ずしも正しいとは言えない。しかし、スポーツ実践では練習に集中したり、良いパフォーマンスを行うために、そう信じて取り組むことが効果的な場面がある。『自分は必ずヒットを打てる』と信じて打席に入ることで、集中力が上がるケースもある。スポーツには、実践の論理を適切に採り入れることが必要だが、その駆使について各宗教団体には大きな蓄積がある。ここに宗教関係学校の独自性があるのだろう」と話した。