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トップ> 時流ワイドリスト> 貧困とは、貧乏そして孤立 直聞インタビュー 社会活動家 湯浅誠さん
時流ワイド

貧困とは、貧乏そして孤立
    直聞インタビュー 社会活動家 湯浅誠さん(4/4ページ)

2013年9月14日付 中外日報

8万の寺院は重要な社会資源 檀家以外にも広く門戸開放を

仏教には「少欲知足」という教えがあり、東日本大震災の原発事故などでこの教えが注目されています。成長型から成熟型への価値観の転換にこのような仏教、宗教の教えが果たすべき役割があると思うのですが。

宗教の話が生活の話と切り離されていたら、「ありがたいお話」も日々の暮らしの中には生かされていかないと思います。仏教の教えがそのようなもの(「少欲知足」)だとするならば、それを生活や経済に結び付けながら人々に語り掛けていく必要があると思います。

宗教者で貧困問題に取り組んでいる人たちも少なくはありません。ただ貧困問題の本質は社会構造上の問題だということを踏まえないと、仏教の慈悲やキリスト教の隣人愛という精神だけでは限界があるのでは。

確かに貧困問題は社会構造上の問題ですが、学生のボランティアでもそうですが、それこそ「かわいそうだなあ」という思いで貧困問題に携わり、関わっているうちにいろいろなことに気付くこともあります。私もそうでしたから。無関心が最も問題です。

湯浅さんは貧困問題を解決するために、地域の社会資源を活用することを提案されています。社寺や教会などは、どう位置付けられるのでしょうか。

今さら私が言うまでもなく、もともとお寺は「駆け込み寺」という側面を持っていたわけで、重要な社会資源だと思っています。全国に郵便局は約2万、コンビニは約4万、それらに比べて寺院は約8万ともいわれていますから、これはもう全国に張り巡らされた極めて重要な社会資源になり得る可能性を秘めています。

実際に私たちは東日本大震災の直後、被災地でボランティア活動をした時にお寺さんからさまざまな情報を得ました。お寺は檀家さんや地域住民の状況を把握されていますから、食糧や飲料水をどこに届けたらよいのか、被災者の方々が今どのような状況なのか、そうした貴重な情報を住職さんたちから得ていました。

だから既に社会資源として機能していますし、これからは檀家さんだけでなく、もう少し社会に対して門戸を開いてもらえば、すごい力を発揮できるのではないでしょうか。

檀家から社会へ、という点でまだ寺院は閉鎖的との批判も根強いですが。

労働組合なんかと一緒の側面があるのでしょうかね。労組も組合員のためだとやっているうちにどんどんと組合員の組織率が減少してしまい、労組の力も社会的には弱体化したのです。それで今では労組は働く人たち全体のものというよりは、一部の恵まれた労働者のためのものと思われています。

ちょっと例えは厳しいのかもしれませんが、お寺もそれと同じだと思うのです。檀家さんが大事だという発想は当然でしょうが、少子高齢化、過疎化などでその檀家さんもどんどん減っていくといわれています。そうなればお寺さんの運営も大変な状況になっていきます。そうならないために、今から少し社会に門戸を開いておくことが必要じゃないでしょうか。

貧困問題の解決に向けて、宗教者、宗教団体との協働、連携で何か具体的に考えておられることがあれば

震災復興支援はもちろん、さまざまな社会的課題に取り組まれている宗教者の活動が既にあります。ぜひともそれを発展させていただきたい。加えて、お寺や教会が、信者だけでなく、また心の中だけでなく、地域の人たち一般の暮らしの課題にも目を向けて相談活動や情報提供などに踏み込んでいっていただければ、日本は今より格段に暮らしやすい社会になるだろうと思います。

『岩盤を穿つ』という著書を出版されていますが、本当に貧困問題への取り組みは根気の要る、しんどいことだと思います。湯浅さんがこの問題に取り組み続けておられる原動力は何なのでしょうか。

ううん、しんどくはないですよ(笑い)。何かそのような人たちがかわいそうということよりは、このままこの問題を放置し続ければ社会全体にとって良くないという思い、社会全体が弱体化してしまうという危機感が根底にはあると思います。