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時流ワイド

寄り添い看取る僧侶たち(5/5ページ)

2013年9月26日付 中外日報

仏教看護・ビハーラ学会 藤腹明子さん

日頃から死生観を育み 患者自ら答えを探す

死に直面した人たちには、死後の世界は存在するのかといった宗教的な悩みに直面する人たちが少なくない。仏教看護・ビハーラ学会代表発起人の藤腹明子さん(66)は、宗教者が末期医療の現場でサポートするだけでなく、日頃から人々の死生観の形成に関わることが重要だと指摘する。

医療の現場では、末期患者や家族が経験する苦しみを「身体的」「精神的」「社会的」「スピリチュアル」の四つの側面から捉える。身体的苦しみには医師や看護師が関わり、精神的苦しみには臨床心理士などが対応する。だが、スピリチュアルな苦しみに関しては、誰が関わるかは見解が分かれる。

藤腹さんは、スピリチュアルな事柄には「この世に生を享け、存在することの意味に関すること」「死や死後、来世に関すること」「生まれ変わりへの関心・期待に関すること」などが含まれるという。

患者がスピリチュアルな苦しみに直面して戸惑う時に、宗教者が果たすべき役割は大きいが、「スピリチュアルな苦しみは、第三者が解決できるものではなく、患者自らが対峙して、納得する答えを自ら探さなくてはならない」。

納得する答えとは、一人一人の死生観に基づくもの。「予後不良の病であることを告げられ、スピリチュアルな苦しみに初めて遭遇しても、時すでに遅しということもある。日頃から育んでいかなくてはならない」

家庭や学校、社会でいのちの教育(death education)が行われるべきだが、十分に行われているとは言い難い。

ある医師は「患者がその人らしい死を迎えられていないという思いがあるし、ケアできない自分たちもいる。死生観がつくられていないため問題が起きる」「医療者と住職、檀信徒が一緒になって、医療現場の出来事について考える機会がつくれないか」と訴えた。

死に臨んで自らの考えに基づいて「してほしいこと、してほしくないこと」を伝えられる人は実際には少ない。それが医療現場に混乱をもたらすことにもなる。普段から「こんな最期がいいわ」と話すことが大切だ。

末期医療の現場に、宗教者の積極的な関わりを期待している藤腹さんは、そのために必要なこととは宗教者自らが「いのちとは何か」をそれぞれの教えを踏まえてしっかりと考えること、そして患者が抱える悩みを理解することだという。