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時流ワイド

宗教学も社会貢献を意識(2/6ページ)

2013年11月14日付 中外日報

宗教界を変化させる可能性も

宗教学、オウム以後一歩踏み込む

「宗教の社会貢献」は現代宗教のキーワードの一つだ。東日本大震災では、慰霊や供養といった宗教活動以外にも、現地の寺社が避難所となり、個人や教団単位のボランティア活動や義援金支出など大きな役割を果たし、社会的にも注目された。こうした活動は今に始まったことではないが、「宗教の社会貢献」という枠組みで理解され論じられる。これに関連して人文科学としての客観的立場で宗教に対してきた宗教学者の中からも、社会貢献を意識して宗教者と共働する動きが現れてきた。学界全体から見ると限られた一部の傾向だが、こうした学問と宗教の現場の関係・距離の変化は何を意味するのだろうか。(高橋由香里、佐藤慎太郎、津村恵史)

宗教と社会を媒介 公共性の自覚と利他の実践促す

宗教の公共性や社会的役割への関心が高まる中、宗教学の領域ではオウム真理教事件をきっかけに、研究対象との関わり方への反省・検討が進んでいる。同事件に関連して島田裕巳氏らが社会的に糾弾された事件が投げ掛ける問いはいまも解決されたわけではない。

「宗教学の社会貢献」は、研究者自身の立場が問われてきたことに対する一つの答えだと言っていいだろう。宗教の公共性と宗教学自体の公共的役割を強く意識した動きは、「オウム真理教事件以後の宗教学」という観点で、その意味がより一層明らかになる。

それにしても、なぜ宗教学が「社会貢献」をするのか。これまでの宗教学からすると「一歩踏み込んだ」態度に思える。そもそもそこまで対象と深く関わるのは、「学問」と言えるのかという疑問も出るだろう。研究者自身の価値観(信仰も含め)が、そこにどう反映されているのかも気になるところだ。

島薗進・上智大教授は「客観的」な学問研究自体が持つ社会的・政治的機能に無自覚であってはならない、という。その自覚の上に立てば、積極的に宗教と社会を媒介するという宗教学者の役割も見えてくる。島薗教授は「宗教者に伴走する」と語っている。

「震災大学」という立場を強く意識して「実践宗教学寄附講座」を運営する東北大の鈴木岩弓教授、キャンパスのカルト問題など実践的課題に取り組む立場で宗教の公共性に関する問題提起を行う北海道大の櫻井義秀教授、宗教者と宗教研究者の連携による社会貢献活動を牽引する稲場圭信・大阪大准教授。宗教に対する関わり方、姿勢はそれぞれ多少異なるが、いずれも、「価値」や「立場性」に留意しながら、今求められている学問の役割に対応しようとしているのは間違いない。宗教学も変わらざるを得ず、研究者といえど、もはや傍観者ではいられない、ということだ。

宗教学界の一部であるとはいえ、こうした動きは社会的に影響力を示しつつある。宗教者自身にも公共性の自覚と利他の実践を促すもので、宗教界を変化させる可能性を持つと言えるだろう。