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時流ワイド

宗教学も社会貢献を意識(3/6ページ)

2013年11月14日付 中外日報

傍観者でいることの問題性

上智大 島薗 進教授(宗援連代表)

宗援連の情報交換会で司会を務める島薗教授㊧
宗援連の情報交換会で司会を務める島薗教授㊧

宗教学者の島薗進・上智大教授は、東日本大震災を機に設立された宗教者災害支援連絡会(宗援連)の代表就任や原発問題への発言などで自ら「社会貢献」に深く関わってきた。同教授は宗教学者として宗教に関わる立場を自覚する意味を説明し、「宗教者に伴走する」宗援連の姿勢を強調した。

◇宗教教団に公共性が求められる背景

そもそも、宗教教団が公共性を自覚するような動きが近年になって起こってきた。社会で焦点となる問題に宗教が関わり、接面が広がったと言える。特に、医療や災害支援といったケア・対人援助の領域で宗教と世俗の線が交じってきている。

また、平和問題や原発問題といった社会の大きな方向性や価値観、倫理の問題に対しても、問題点の指摘に宗教的な次元が問われるようになっている。

◇宗教学の役割

平成23年4月に発足した宗援連は、最初から宗教者と研究者が協力するということでやってきた。宗教者に伴走し、宗教と一般社会を媒介する。研究者は、批判的なまなざしや多様な集団利害を見分け、より良いものへ改善していくことができる。

宗教者の活動をもう一度客観化し、一般社会に理解可能にすることが研究者に求められている。明瞭な言葉で説明しなければならず、それが教学や宗学、神学と共に宗教学の役割となる。社会と宗教の両面から求められていることだ。

他方、学問側からすると、宗教を個人の体験からだけでなく社会との接点から見、かつ、教団単位ではない研究に移っているという事情もある。

◇学問の客観性の限界を自覚・反省

宗教学は、オウム事件の時に大きく揺れた。それまでは対象から距離を取って「客観的」といって研究してきたが、研究者がまったくの傍観者でいることの問題点が自覚されるようになった。

以来、櫻井義秀・北海道大教授のようにカルト批判を研究に取り込んだり、スピリチュアリティ研究では実践しながらという方向も見られるようになった。

そのため、対象の集団や文化に関わるとき、自らの立場性を自覚することが重要となっている。人々の日常の相互作用の中でも、ミクロの次元で政治性が作用しており、研究とはそもそも政治的な機能を持つことに、無自覚でいてはいけない。

◇課題と提言

積極的に対象と関わることによって、対立や分裂を促してしまう可能性もある。ある価値を持てば、当然その価値を奉じない人にとってはマイナスとなる。そういった価値の対立を超えた「和解」の次元、目標を見いだすことができるのかが課題となる。

宗教の公共性に関してはもちろん、社会支援ばかりで宗教性がおろそかになってはいけないが、宗教も社会の中にあることは見逃せない認識だ。

(佐藤慎太郎)