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時流ワイド

若き霊媒師たちを追う(3/6ページ)

2013年11月30日付 中外日報

霊との対話を求める現代人

イタコ松田広子さん

南部イタコを伝承する松田広子さん
南部イタコを伝承する松田広子さん

幼少期から病弱だった松田広子さん(41)は保育園児の時、病院にかかるとともに、親に連れられて「よく当たる」というイタコにお祓いを受けた。すると次第に回復、その体験からイタコに強く憧れるようになった。

青森県八戸市ではイタコは身近な存在だった。ひと世代前まで、八戸市内の約30の地区に必ず1人はいて、日頃から人々の相談に乗っていた。松田さんは就職や進路を考える年頃になると、イタコになって多くの人に恩返しをしたいとの思いが膨らみ、高校1年の時、師匠に弟子入りした。

イタコの仕事というと一般的に故人の霊を呼び降ろす「口寄せ」をイメージするが、それだけではない。人生相談はもちろんのこと、お祓いや占い、神事などもする。青森県、岩手県、宮城県の一部の東北地方に残る「南部イタコ」は八戸市が発祥で、江戸時代以前から口伝で相承されてきた。松田さんはその6世代目に当たる。

郷土史家・江刺家均さんは「もともと口寄せは一族が集まって一年を占う祭事の中の一つだった」と解説する。明治ごろまで家族や一門の神様「オシラ様」を祀って一年を占い、その中で最近亡くなった人があれば、その霊を降ろす口寄せをしていた。現在は口寄せだけをなりわいとするイタコが多数になった。とはいえ現役の南部イタコは5人だけで、松田さんはその中で祭事もできる数少ないイタコの一人だ。

熊の爪や鹿の角などを付けた数珠をリズミカルに鳴らすことで少しずつ気持ちを高揚させる。松田さんは「ランニングハイ」になるような感覚だと説明する。そして魂(霊)を呼び出す前の経文を唱え、「仏降ろしの経文」を唱えるとトランス状態に入る。後は「自分が空っぽになり、亡き人の魂と一体になる感じ」。

口寄せした後の体力の消耗は激しい。霊場・恐山では7月の例大祭中、2人のイタコが朝から晩まで相談者に応じ、1日100人以上の霊を口寄せするという。声は枯れ、食事がのどを通らないほど憔悴する。

近年、口寄せしている最中にイタコに話し掛けてくる人や、霊との対話を求めてくる人が多くなった。テレビやスピリチュアルブームの影響ではないかと松田さんは指摘する。かつては降ろした霊に、どのような思いであの世にいるか、残された人に何を伝えたかったのかを聞いて悼んだ。最近は亡き人と対話し、自分の思いを伝えるカウンセリングに近い形になっているという。

松田さんを訪れるのは子育てを終えた40~50歳の女性が多く、第二の人生、再就職についての相談が中心。遺産相続、墓の問題についての相談もあり、「イタコ(霊)が言っているのだから」と人生の判断を委ねる。江刺家さんは「その時の物事を決定する際、神仏を背負っているイタコなら恥じらいなく何でも話せる感覚がある。自分たちで背負いきれない責任をある意味、転嫁しているとも言える」と話す。

東日本大震災から2年半が過ぎて、次第に震災で家族を亡くした人からの相談が増えている。どのような状況で亡くなったのか、苦しんだのか、遺体はどこにあるのか――。故人がちゃんと成仏しているかを確認することが多い。

阪神・淡路大震災の時の方が圧倒的に相談者は多かった。松田さんは「阪神・淡路大震災の場合は、それ以前に大きな災害がなかったためではないでしょうか。復興とともにすぐに減少しましたが」と語る。復興が依然進まない被災地の現状を考えると、かつてのようにはいかないのではと考えている。