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時流ワイド

若き霊媒師たちを追う(4/6ページ)

2013年11月30日付 中外日報

悩む者に御嶽山の神が託宣

先達岡本康靖さん 基成さん

御座を行う岡本兄弟と信者
御座を行う岡本兄弟と信者

木曽御嶽山(長野県)の神々を信仰する木曽御嶽信仰では、修行を積んだ行者が御座と呼ばれる儀礼を行い、神々の声を信者たちに伝える。

御嶽講は宗派教団をまたがって多数あるが、中でも滋賀県の若手双子先達が注目を集めている。御嶽教滋賀大教会(大津市)の岡本康靖教嗣と基成教嗣(35)だ。御座では、「中座」を務める弟・基成氏に神霊が降り、中座を統御する「前座」の兄・康靖氏の問い掛けに託宣を下す。

二人は岡本康成教会長の子として昭和53年に生まれた。その直後の御座で祖父に諏訪大神が降臨したといい、「二人とも神の道に入れるように」とのお告げが下り、4歳の時に御嶽山に連れて行かれた。「われわれの意志とは関係なく神の道に入る環境ができていた」と口をそろえる。

木曽御嶽信仰は関東や中部地方が"本場"とされる。滋賀大教会は明治42年の設立以来、関西で独自の歴史を歩んできたが、康成教会長は二人を大学卒業とともに、埼玉県の教会に弟子入りさせた。

平成13年4月から1年間、毎朝お勤めし、毎週護摩を焚くなど修行に励み、御座の方法も学んだが、神懸かりになるまでには至らなかった。御座は何年修行を重ねても、できるようになるとは限らない。

しかし大津に戻ってから間もなく、京都市伏見区の稲荷山で祈祷していた時、基成氏は急に手が震え涙が止まらなくなった。「神様が来ていることは分かったが、『まだ行不足なのでお帰りください』と帰ってもらった」。その後も祭典ごとに神が降り、夏に御嶽山に登拝した時、苦しく絞り出すような声で教会の教祖「宏覚」の名前だけが初めて告げられた。「お口開き」だった。徐々に伝えられる言葉が増え、12月には信者の前で御座ができるようになった。

滋賀大教会では月次祭など毎月4回は御座が行われる。神前に座った中座の基成氏に、康靖氏が「五躰加持文」などを唱えながら依代となる祈幣と呼ばれる御幣を渡すと、神霊が降りる準備ができる。前座が九字を切ったり印を結んだりしているうちに神霊が降りる。降臨にかかる時間はさまざまで、「偉い神様は『容量』が大きく時間がかかる」という。

降りてくる神々もその時によって異なる。最高神の御嶽大神のほか、諏訪大神、稲荷大神、不動明王のこともあれば、木曽御嶽信仰開祖の覚明、普寛を筆頭に教会に縁のある霊神が降りてくることもあるという。

死者の霊である霊神を崇拝することが御嶽山の信仰の大きな特色だ。「死者も御嶽山で修行しており、御座で降りてきて子孫を助けてくれる」と康靖氏。告げられる言葉は、神々の場合は威厳があって厳しく、率直な言い方だが、霊神の場合は人間的な話し方で、感情がこもった口ぶりになるという。書記をしている教会長が内容の確認も含めて信者に解説する。

お告げを頂いた後は帰ってもらうが「高位の神様が来たときなどは抜けにくいこともある」。中座の基成氏は「御座の後はしんどい。筋肉を変な使い方したような感覚。肩が痛くなり、筋肉が張っている感じ」と表現する。終わった後に「自分の感情でないのに、今日は悲しかったという気持ちが残ることもある」という。中座の心身の負担は相当なもので、その体調管理は前座の仕事。御座を始めてから、二人とも白髪が増えた。

教会には就職祈願、病気平癒、合格祈願などさまざまな願いが寄せられる。ある女性信者が乳がんの手術を受けるかどうかで悩み、霊神として祀られている、亡くなったお父さんに御座で聞いてみた。すると「すぐに手術をした方がいい」との返事だった。「すぐに病気が治るとか奇跡が起こるものではない。問題に対して大方針を神様に決めてもらうのが御座」と康靖氏。神様が自分の方を向いてくれていると皮膚感覚で分かるありがたさもある。

早い時期からウェブサイトを開設するなど、若者らしい間口の広げ方にも努めている。「来やすい雰囲気をつくり、一人でも多くの人に神様を感じてもらいたい」と康靖氏。基成氏は「一対一のつながりを大切にし、人生のリペアに神の言葉を役立ててもらえれば」と願う。