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時流ワイド

過疎地域の寺院は今…(3/6ページ)

2013年12月12日付 中外日報

将来に不安抱えながら寺院護持

最後の世代に支えられ 南丹市日吉町の限界集落

安楽寺がある佐々江地区。人通りの少ない集落を府道が貫き、時折車が通り過ぎる。畑はシカなどの鳥獣害を防ぐため、フェンスで囲われていた
安楽寺がある佐々江地区。人通りの少ない集落を府道が貫き、時折車が通り過ぎる。畑はシカなどの鳥獣害を防ぐため、フェンスで囲われていた
■限界集落 大野晃・高知大名誉教授により提唱されたもので、「65歳以上の高齢者が集落人口の半数を超え、冠婚葬祭をはじめ田役、道役などの社会的共同生活の維持が困難な状態に置かれている集落」を指す。総務省が平成22年に実施した過疎地域等の集落調査によれば、地域内の6万4954集落のうち、高齢者の割合が50%以上の集落は全体の15・5%、約1万集落となっている。

京都市中心部から約30キロ北西に位置する浄土宗安楽寺(京都府南丹市日吉町)。寺がある佐々江地区は、山間を走る田原川に沿って並ぶ三つの集落からなる。88世帯に約170人が暮らす。同地区は、65歳以上の住民が50%を超えるいわゆる限界集落だ。田中賢祐住職(60)は、「3分の1ほどは高齢者の一人住まい。小学生も2人しかいない」と話す。

近年、過疎の波をひしひしと感じるようになった。佐々江地区以外に住む檀家への盆の棚経が、約20年前に5軒ほどだったのが、30軒を超えるようになった。2人暮らしをしていた高齢夫婦の一方が亡くなると、町に住む子どもたちが、残された片親を引き取っていく。離檀も、最近数年のうちに3軒ほどあった。町に出た檀家が「来るのがしんどい」と、今住む所の近くの寺院に檀那寺を変えた。佐々江にある墓は処分された。

地区がある旧日吉町(平成18年に周辺3町村と合併し、現在は南丹市)は、かつて林業と農業で潤った。昭和30年以降、1次産業の衰退とともに、住民たちは京都市など周辺の都市部で仕事を求めるようになり、若者たちは職場に近い京都市内や、通勤の便が良い場所に生活の拠点を置くようになった。日吉町の人口は昭和30年では9172人だったものが、平成22年の国勢調査によれば5446人。50年余りで40%以上減少した。

檀信徒の減少や高齢化の荒波にもまれながらも、安楽寺では春秋の彼岸会や施餓鬼会、十夜法要などが以前と変わらず営まれている。佐々江に暮らし続ける人たちは信仰があつく、行事があれば必ず寺に集うのだ。全員が70歳を超えている総代たちも、境内の清掃など寺の護持に力を注いでくれる。

だが「20年先、息子が跡を取ったころ、今の総代や世話人たちがいなくなったならば、どうなるのか不安だ」と田中住職は語る。「この世代は一つ屋根の下に数世代が暮らし、親が墓参りに行き、仏壇に手を合わせるのを見てきた最後の世代」で、信仰が生活の中に根付いているが、戦後に生まれた世代は佐々江を出て、独立して家を構えた。仏壇もなければ、寺も遠くにあり、手を合わせる暮らしがない。かつて家の中で自然にできていた信仰の継承が、行われていないのだ。寺に対する思いも、親の世代とは違っている。

安楽寺から田原川沿いの府道を7キロほど西に向かうと、浄土宗浄欣寺がある。寺院の運営には総代や世話人の協力が欠かせない。樹木の剪定や除草などの境内の整備もあれば、力仕事もある。加藤辰文住職(49)は「総代は本当によくやってくれる」と話すが、「15年もして、今の総代たちがリタイアすれば、状況も変わってくるのではないか」と憂慮する。