ニュース画像
倒壊した浄土真宗本願寺派法城寺の鐘突き堂(むかわ町)
主な連載 過去の連載 エンディングへの備え
時代を生きる 宗教を語る
購読のお申し込み
新規購読キャンペーン
紙面保存版
トップ> 時流ワイドリスト> 歩き遍路に込めた思い
時流ワイド

歩き遍路に込めた思い
    直聞インタビュー 菅直人元首相(2/5ページ)

2014年2月8日付 中外日報

人間の本質 宗教者が伝えてほしい

足かけ10年で四国八十八カ所霊場を歩き遍路した菅直人・元首相。お遍路を通じて、人とのつながりや温かさを実感し、今後は空海の代表作の一つ『三教指帰』を読んでみたいと、空海に魅せられた。

首相退任後は脱原発を訴え、自然エネルギーの普及活動に力を注ぐ。国の責任者として原発事故と向き合い、本当の恐ろしさを体験したからだ。

経済成長だけを社会の幸福とする政治の姿勢に疑問を呈し、本質を大切にする宗教者の活躍に期待を寄せる。結願したお遍路が政治信条や生き方に与えた影響、宗教者に望むことなどについて聞いた。

(赤坂史人、有吉英治)

10年かけ八十八カ所結願

お遍路を始めたきっかけは。

民主党代表をしていた2004年に年金未納問題があった。後で社会保険庁の間違いだと分かったが、厚生大臣の時だけ納付していなかったことが発覚して大騒ぎになった。それで代表を辞任。その直後に妻・伸子がくも膜下出血で倒れた。市役所で手続きをしていた妻が役所の指示通りにしたのにと。だから本人に言わせると社会保険庁出血だと言っている(笑い)。幸い後遺症も残らなかった。

少しさかのぼると司馬遼太郎さんの書いた『空海の風景』を司馬遼太郎記念館で見つけた。それが非常に印象的だった。幾つかの原因が重なって始めた。

一般的な知識として空海は知っていたが、どういう人物か詳しくは、本を読むまでは知らなかった。そしてすごい人だと思った。鉱山技師のようなところもあるかと思えば、満濃池を造ったり。同じ遣唐使だった最澄とは異なり、空海は私費留学生。何をするにも資金が必要だったが、空海にはあったという。山を駆け巡っていた時代の仲間が資金を工面してくれたという。宗教家、お坊さんというイメージをはるかに超えた存在が書かれていた。代表も辞め参議院選挙も終わった後で少し時間ができた。

学生時代からリュックを背負って歩く旅行が好きだったから、この際歩いてみようと思った。空海の歩いた道を実際に歩いてみたいと思った。

当時、かなり報道されましたが。

秘書にも隠して行ったのに、一番札所の住職が、出発前に県庁記者クラブに今から歩き始めると言っちゃったもんだから、ものすごいマスコミが集まってしまった。

八十八カ所、1600キロを全て歩いた。最初は室戸岬の先の最御崎寺まで行った。全部歩くとか歩かないとか決めて行ったわけではないが、歩いているうちに、みんなから聞かれる。そこで「ここまで来た以上は、生きている限り最後まで歩きます」と言ってしまった。それが04年7月。少しずつ歩き、7回行って結願することができた。

いろんな出会いがあった。大阪で仕事をしていたがリタイアして地元に戻ってきた方がいて、先日も小水力発電をやりたいから見に来てくれと誘われたり、今でも地元の水を贈ってくれる人がいたり。お接待という風習があり、非常にお遍路さんに優しい。それは本当の意味での施し。つまり困っているから何かするのではなく、お参りできない自分の思いも持っていってくださいとか、お大師様の代わりのように感じて頑張ってくださいと接待してくださる。最初のお遍路は真夏で、冷えたスイカや水などをあちこちで頂いた。その気持ちがうれしかった。

初めて歩いた時のこともよく覚えている。夕方少し遅くなりかけていたが、後ろから女性が追い掛けてくるんだ。「菅さん、この道間違ってますよ」と言う。家が道のそばにあって、私が鳴らしていた鉦の音を聞いて、曲がらずにそのまま歩いていってしまったことに気付いたらしい。髪を洗っていたのに急いで髪をすすいで、わざわざ自転車で飛んできてくれた。本当に親切で、そのような親切に出合うと、うれしいを超えて、本当に一生の思い出になる。

確かに足は痛くなるけど楽しい。4日目、5日目になると、くるぶしから下が熱を持って痛い。いったん畳に座ると起き上がれないくらい痛い。慣れたころには終わるんだけど(笑い)。足にまめだけは絶対に作らないようにテーピングして歩いていた。肉体的にはつらいが、精神的にはリラックスできる。