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時流ワイド

歩き遍路に込めた思い
    直聞インタビュー 菅直人元首相(4/5ページ)

2014年2月8日付 中外日報

原発事故被害拡大の寸前 最後に神の加護を感じた

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原発は以前から反対ですか。

市民運動をやっていたから、3・11前からその危険性の議論はしていたし、少なくとも安全に気を付けながら活用していこうという立場だった。日本の技術力をもってすれば、チェルノブイリのような事故を起こさないと考えていた。私もいわゆる安全神話に半ば染まっていた。だから今そのことを恥じている。

実際に総理大臣として事故に遭遇したが、もちろん現場の東電の職員や自衛隊、警察、消防がみんな頑張ってもらったおかげだが、それと同時に最後は神のご加護があったと思った。250キロ圏5千万人が逃げなくてはいけない寸前だった。日本という国が何十年にもわたってがたがたになりかねない。本当に紙一重だった。それは神のご加護と言うしかないと思う。

震災後、総理大臣を辞めてから2度お遍路に出た時は、お大師様と仏様にお礼して回った。

震災直後、福島第1原発4号機の使用済み燃料プールの水が抜けている可能性があった。84度まで温度が上がったと報告を受けたのを、今でも覚えている。原子炉の外にある使用済み燃料がメルトダウンすると、あっという間に放射性物質が外に出て、東京までもが大変なことになる可能性があった。だが結果的に水があった。なぜ水があったか、逆に不思議なんだ。

後で分かったことだが、震災前の定期点検で原子炉の燃料を移した際に作業が遅れ、抜くはずの水が抜かれていなかった。そして、その水は本来、間仕切りで燃料プールにはいかないはずだったが、3号機爆発の振動で間仕切りが倒れたために水が入ったという。

2号機についても中の圧力が上がって、最後は破裂音とともに圧力が下がった。簡単に言うと穴が開いた。だが穴の開き方が、ゴム風船が割れるような破裂だったら放射性物質が一気に放出される。それが紙風船みたいに継ぎ目が壊れて一部からシューと出た。格納容器に圧力がかかったら、どのような壊れ方をするかなんて実験した人はいないから、予想できるわけもない。

14万人が避難しているのだが、少なくとも250キロ範囲から逃げ出さなくてはいけない状態は避けられた。250キロ圏から20年間逃げなくてはいけないとしたら、どんなことになるか。想像を絶する大混乱が、長期にわたり起こる。そのぎりぎりだった。そこまでいかなくて済んだのはやっぱり、最後のところで神のご加護があったのではと思わざるを得ない。

それで脱原発に焦点を絞って活動を。

脱原発の活動とともに再生可能エネルギー推進の活動をしている。それが、まさに原発事故の時の総理大臣としての使命だと思っている。

やはり直接話を聞いてもらうと実感が伝わる。当時のメディアも混乱していたが、まったく先の見えない原発事故は、正直に言うと恐怖だった。最初の5日間はどんどん事故が大きくなる。チェルノブイリは事故としては大きいが、起こした原発事故は1基だけだ。日本の場合は第1原発で6基、第2を合わせると10基、使用済み燃料プールも11基ある。実際に1号、2号、3号機がメルトダウンし、水素爆発したのが1号、3号、4号機。メルトダウンした米国のスリーマイル島原発では圧力容器は健在だったが、日本はそれに穴が開いた。

今分かっているのは、1号機がメルトダウンし、さらにメルトスルーしたのは地震発生からわずか4時間後。午後7時にはメルトダウンしていた。それが1号、2号、3号と続いていくわけだ。もう少し被害が拡大していたら、まさに250キロ圏まで被害が拡大していた。

どこで止まるのか、これ以上拡大したらどうするのか、誰に聞いても答えがない。いざとなったら皇居や政府機能も移動しなくてはいけない。5千万人を避難させるなんて、1万人でも渋滞、渋滞で大変なのに。本当の怖さを知った。だから原発ゼロは、原発事故に直面した総理大臣の使命だと思う。

自民党は12年12月の選挙で大勝したが、票数は09年に大敗した時よりも少ない。決して原発政策が積極的に支持されたわけではない。

今、世論調査では6~7割が原発は止めた方が良いという意見だ。一方で原子力ムラや東電といった経済的に依存している人たちが、何が何でもと守ろうとしている。太陽光の発電も増えているから、原発を止めても大丈夫だと思うが、原発で仕事がなくなるなどの地域的な問題などは残っている。

宗教者に対して望むことは。

宗教は人間の本質に関わる仕事だから、本質的なところを伝えてほしい。復興構想会議で、玄侑宗久さんに委員になってもらった。やはり大震災や津波が起きた際には、生き死にの問題も含めて、人間の本質的なところが大切になってくる。それをどう考えるか。多くの人に宗教者としての意見をしっかりと伝えてほしい。特定の宗教であるかは別として、本質を見詰めるという意味で、多くの人がその必要性を感じているのではないか。

仏教の本質が何か私は言う立場ではないが、少なくともお釈迦様が欲望を捨てるとしたことから始まっている。釈迦国で何一つ不自由のない生活をしながら人間の本質は何かを考え、全てを捨て執着を捨てて出家した。それは人間の本質を見詰めるというところに原点がある。経済を優先させる今の時代だからこそ、余計に多くの人に求められている気がする。

かつては、とにかく経済優先だった。だが今は若い人でもさまざまな理由から本当の幸せを考え、求めている人が増えた。一方で、ストレスを抱えている若い人も多い。こうした人たちに人間の在り方を見詰め、本質的なものを問い掛けることができるのは宗教ではないだろうか。