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良寛さんのこころ伝える

岡山県矢掛町・曹洞宗大通寺 柴口成浩住職

2015年1月21日付 中外日報(キラリ ― 頑張る寺社・宗教者)

宿場町矢掛の歴史や大通寺庭園について解説する柴口住職
宿場町矢掛の歴史や大通寺庭園について解説する柴口住職

岡山県矢掛町の曹洞宗大通寺の柴口成浩住職(74)は、2004年に同寺など良寛ゆかりの寺による「備中良寛さんこころの寺の会」を組織し、各寺を巡拝してもらうことで、「良寛さんの心」を広め、優しさと思いやりのある地域づくりに取り組んでいる。

「『良寛さん』と呼べば、なぜか安らかな気持ちになれます。清貧な心から、無限の優しさと強さが伝わってくるからでしょう」と柴口住職。

「備中良寛さんこころの寺の会」を組織するきっかけは、1980年の良寛百五十回忌の前年に、曹洞宗岡山県宗務所の青年会長に就任し、良寛が青年時代に国仙和尚のもとで修行した倉敷市玉島の円通寺を中心に百五十回忌の記念事業を展開したことだった。

その後、個人的にも良寛の顕彰に取り組むようになり、2000年の良寛百七十回忌に全国良寛会の総会が玉島で行われたのを機に結成の機運が高まり、4年間の準備を経て発足に至った。円通寺を第1番として、第2番長連寺(倉敷市船倉町)、第3番洞松寺(矢掛町)、第4番大通寺、第5番長川寺(浅口市)の5カ寺が加盟し、良寛の足跡をたどる巡拝コースになっている。

大通寺と良寛との縁は、鴨長明の『発心集』の冒頭に登場し、隠徳の聖として知られる奈良・平安期の玄賓僧都を抜きには語れない。「良寛は清貧なる玄賓僧都を深く慕い、僧都が隠棲した岡山各地の足跡を訪ね、大通寺も訪れたとされています」と柴口住職。同寺を僧都の示寂の地とする説もあるという。

参拝した人の目を引き付けるのが県の名勝に指定されている大通寺庭園だ。1793(寛政5)年から1813(文化10)年にかけて造られた池泉観賞式の庭で「石寿園」との別名があり、力強い石組みが特徴だ。

柴口住職自慢の庭で毎朝丹念に掃除することを欠かさなかったが、十数年前に庭を調査した岡山大の教授から「この庭を通して何を伝えたいですか」と尋ねられ、答えに窮した。以来、何を伝えるべきかを考え続け、数年前にふと思い浮かんだのが、「掃除は創寺にして創自なり」との言葉だった。「掃除は寺づくり(創寺)の基本であるとともに、自身の心を磨く自分づくり(創自)。良寛さんや玄賓僧都の心にもつながると思っています」

(河合清治)