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暗闇で食事 静かに味わう

東京都台東区・浄土真宗東本願寺派緑泉寺 青江覚峰住職

2015年12月2日付 中外日報(キラリ ― 頑張る寺社・宗教者)

目隠しをして食事を味わう参加者
目隠しをして食事を味わう参加者

薄暗い室内に、咀嚼する音だけが響く。東京都台東区の浄土真宗東本願寺派緑泉寺で月に1度開かれる「暗闇ごはん」。参加者はアイマスクを着け、目隠しされた状態で食事をする。

「私たちは食事中にテレビを見たり、スマートフォンを操作したり、別のことを考えがちだ」。青江覚峰住職(38)が、食と真剣に向き合う機会をつくろうと2005年に始め、今年で10年。16人ほどの定員は毎回ほぼ満席だ。

視覚を奪われた参加者は「液体なので、お箸よりスプーンの方が食べやすいです」といった必要最低限の説明だけを受け、嗅覚、味覚、聴覚、触覚を使って一口一口をかみしめながら、料理の正体を探る。食べ慣れた物も見えないことで何の味か分からず、戸惑う人も。食後、料理を手掛けた青江住職が素材や調理方法を説明する。「子どもの頃に、生まれて初めて野菜や肉を味わったような感覚を体験し、食事という行為を再発見してほしい」

盛り付け以外、買い出しから調理まで、青江住職が一人でしている。料理は、野菜中心の和食メニュー。特別な精進料理などではなく、普段自分が作って食べているものを提供しているという。大切にしているのは「どんな食材もありがたく頂き、できる限り無駄を出さないように心を込めて調理する」ことだ。

調理に関わる修行僧の心得が記された道元の『典座教訓』には「所謂、醍醐味を調ふるも、未だ必ずしも上と爲さず、●菜羹(ふさいこう)を調ふるも、未だ必ず下と爲さず」という言葉がある。どんな食材にも貴賤はないことを説いている。青江住職は「おいしい物を食べるのと、おいしく物を食べるのは別」と説明する。

「暗闇ごはん」で具体的な仏教の教えを伝えることはない。青江住職は「先入観を取り除き、知識ではなく感覚を大切にすることで、参加者それぞれが仏教的な感性を体験する入り口になれば」と語る。

普段、当たり前のようにしている食事だが、「私たちは何を食べ、何によって生かされているのか」を立ち止まって考える。「暗闇ごはん」はそんなひとときを与えてくれている。

(甲田貴之)

●=艸+甫