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苦縁―東日本大震災 寄り添う宗教者たち
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観音像受け継ぎ憩いの場

京都市右京区・臨済宗妙心寺派多福院 島崎義孝住職

2015年12月9日付 中外日報(キラリ ― 頑張る寺社・宗教者)

8月に開いた被災流木バイオリンのチャリティーコンサート
8月に開いた被災流木バイオリンのチャリティーコンサート

京都市右京区の臨済宗妙心寺派多福院は大本山妙心寺の門外塔頭だが、戦時中から60年も無住職の時代が続いた。12年前に入寺した島崎義孝住職は「本堂が檀家数軒のためだけに使われているのは、もったいない」と、3年半前から毎月第2日曜日に「観音講」を始めた。各方面から専門家を招いて、講演を通して地元の人々が集うひとときになっている。

講師は、医師や看護師、農地利用の専門家、インテリアデザイナーなど様々。落語会を開くこともある。今夏には、東日本大震災で被災した流木の松を使って製作されたバイオリンのチャリティーコンサートを開いた。

事前の案内はブログとチラシだけだが、遠方から来る人もある。多いときは60人ほど集まるが、10人くらいのときもある。年配の人が多く、祖父母に連れられてきた子どもたちは、講演中に庭で遊んでいる。

「観音講」は、もともと多福院の約50メートル東にあった共同管理の民家で開かれていた地域の人々の憩いの集いだった。当時祀られていた観音像は50年ほど前に同寺に遷座されている。島崎住職がこの会を始めると、昔を知る人は同じ名称の集いが復活したことを喜んだ。

同寺は石庭で知られる龍安寺に程近いが、島崎住職が入寺するまでは荒れた状態で、唯一雨漏りしない部屋に龍安寺の僧侶が交代で住み込み、守っていた。周囲に民家が立ち並び始めたのは、ここ十数年のことだという。

島崎住職は藍野大短期大学部(大阪府富田林市)の第二看護学科教授で、花園大の非常勤講師でもある。平日は大学勤務で、一般に向けて自坊で何かできないかと思ったのは、東日本大震災がきっかけだった。かつて東北大の学生時代に物心両面で世話になった寺院があったことを思い起こし、京都で避難生活を送る人々に精進料理を提供する会を始めた。毎月第1土・日に最大5人ずつ、寺庭婦人の央美さんが手作りの料理を振る舞った。

今は「観音講」1本になっているが、島崎住職は「月1回の出会いにとどまらず、来場する人たちが、そこでできた人間関係を大切にしてほしい」と話している。

(萩原典吉)