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参拝者迎える手打ちそば

千葉県大多喜町 妙法生寺

2016年2月24日付 中外日報(キラリ ― 頑張る寺社・宗教者)

朝日に向かい唱題する日蓮聖人像を祀る六角堂
朝日に向かい唱題する日蓮聖人像を祀る六角堂

千葉県南部、最寄りのJR安房小湊駅から車で約30分。山道を走り続けると、麻綿原高原の木々の間に妙法生寺の伽藍が現れる。蓑輪顕寿住職(58)は山中の寺まで来てくれた人を、手打ちそばでもてなしている。

出すのはぶっかけそばで、大根おろしと、オリーブオイルで炒めたキノコが載る。「試してみたら、そばが好きでないという人にも食べてもらえた」。意外と思える組み合わせに挑んだ結果、数年前から定番となった。

そば打ちは10年以上続けており、専門店にも負けないコシと舌触り。手間のかかる手打ちにこだわるのは、「お寺の印象を強く残したい」との思いからだ。

妙法生寺は、昇る朝日に向かい日蓮聖人が題目を唱えたと伝わる地に、宗祖直弟子・日向が開いた。由緒ある寺院だが近くに集落がないため、何度も衰退・再建を繰り返した。

明治時代に廃寺となっていたところ、隣の勝浦市にある日蓮宗龍蔵寺の日受・先代住職が一念発起。宗祖の霊地を多くの人に知ってもらおうと戦後、法華経の文字数と同じ約7万本のアジサイを植え「天拝園」と名付けた。

植栽には10年以上かかり、植え付けや剪定は休眠期の冬に行う。「つらいと思ったら修行と思え」。この先代の言葉が今も耳に残る。「嫌だ、嫌だと言っている間はまだ苦労していない」と自らを鼓舞する。

1980年頃まで電気、水道もなく、山を越えて水くみに行っていた。顕寿住職の弟、蓑輪顕量・東京大教授は子どもの頃、学校への1時間の道のりを本を読みながら歩き、図書室の本を読み尽くしたとの逸話を残す。

日受氏の奮闘に協力する人もあり69年、日蓮聖人像を安置する六角堂が落慶。亡くなった翌年の85年に本堂が完成した。遺志を引き継いだ顕寿住職はその後も植栽を続け、今では6~7月の開花期に1万人以上が訪れる地域の名所となった。7月に営む中興開山会は、市民がアジサイ祭りと呼び親しむ。

花の時期以外に訪れる人はまだ少ないが、「宗祖ゆかりの地でお題目を唱えてほしい」と、先代の好物だったそばを布教に生かしている。

(有吉英治)