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復興進め、町のシンボルに

津市・真言宗醍醐派津観音大宝院 岩鶴密雄住職

2016年3月16日付 中外日報(キラリ ― 頑張る寺社・宗教者)

津空襲のあった7月28日に毎年開かれる「平和と感謝の祈り」
津空襲のあった7月28日に毎年開かれる「平和と感謝の祈り」

日本三観音の一つとして知られる津市の真言宗醍醐派津観音大宝院。1980年の入山以来、伽藍復興に尽力してきた岩鶴密雄住職(62)は「復興はまだ道半ば。100年先、22世紀の市民から『よく建て、修理してくれた』と言われるよう整備を進めたい」と意欲を見せている。

大宝院は真言宗屈指の古刹。市の中心に位置し、戦前は境内に市役所や学校が置かれるなど発展したが、先の大戦で41棟が立つ大伽藍を全て焼失した。岩鶴氏は27歳で入山すると本格的に復興に着手し、仁王門、護摩堂、五重塔など11棟を再建・建立した。

「最も力を入れてきたのは地域の活性化と文化財の保護。地域の中で大宝院が果たす役割は何かを考えた」と岩鶴氏は話す。

「町のお年寄りは『観音さんでよく遊んだ』という。寺にはかつて映画館や銀行もあり、政治経済、娯楽の中心で、仏様に手を合わせる人々の心の拠り所だった。もう一度、町のシンボルとなり、市民が自慢できる寺をつくりたかった」

建物は「京都、奈良に負けないものを」と設計・材質・外観に徹底的にこだわり、当代一流の職人らに仕事を依頼した。寺に檀家はなく、費用は自ら企業の社長などを務めて得た収入や勧募で賄った。

江戸時代の節分会「鬼押さえ」を復活させるなど寺の行事にも力を注ぐ。20年前から境内で「平和と感謝の祈り」を始めた。毎年、津空襲のあった7月28日に超宗派の宗教者と市民が集い、犠牲者を供養して、焼け野原の町を復興した先人に感謝を捧げる。

1991年から、戦禍を免れた宝物、文化財の整備に取り組み、絵画や古文書六十数点が近年、県や市の文化財指定を受けた。これらは資料館で開く展覧会で一般に公開している。

宝物も「蔵にしまうのではなく教化のツールとして活用」しようと、月1回、資料館で勉強会を開く。宝物等を題材に密教や弘法大師の思想を分かりやすく語り、市民らに好評だ。

5月、地元で伊勢志摩サミットが開かれる。岩鶴氏は「三重県は神宮を中心に神仏習合など日本古来の民俗や考え方を育んできた。日本の原点を発信してほしい」と期待を寄せている。

(飯川道弘)