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お寺と演芸、共通点は笑顔

東京都 芸人・僧侶 松鶴家ぽんさん

2017年1月25日付 中外日報(キラリ ― 頑張る寺社・宗教者)

ステージではマジックやジャグリングを披露(画像を一部加工済み)
ステージではマジックやジャグリングを披露(画像を一部加工済み)

都内の仏教会の花まつり、稚児行列を終えた子どもたちの前にステージ衣装の大柄な男性が登場。マジックやジャグリングなどの芸で楽しませる。演じるのは芸人で僧侶の松鶴家ぽんさん(49)。ぽんさんは「お寺の仕事と演芸の仕事は似ている」と語る。

ぽんさんは都内の浄土宗寺院に生まれ、寺を継ぐよう求められて育ったが、俳優への憧れや目立ちたいという思いが胸にあった。

大本山増上寺で3年修行したが、偶然目にした雑誌でアメリカのリングリングサーカスがクラウン(道化師)を養成する学校の日本校を開設するのを知った。何か芸を身に付けたいと思い立ったのが、芸人の道の出発点になった。

修行を終えた1989年の秋に入学、アメリカから来た講師に道化師の種類やメイクなど基礎知識を学んだ。

学校卒業後、デパートで2週間の営業があり、アメリカのクラウンたちと一緒に出演する機会があった。レベルが違い、何もできなかったが勉強になった。特に人とのコミュニケーション能力、子どもと接するときは同じ目線でしゃべるなど、相手に合わせた臨機応変な対応に憧れた。

好奇心旺盛で、その後も芸のレベルを上げたいとロシア・モスクワ国立サーカス学校に留学するなど、いろんな人に教えを受けながら芸人の道を歩んだ。松鶴家千とせ師匠との出会いも漫談教室に通ったのがきっかけ。弟子となり、2007年に芸名を松鶴家ぽんに改めた。

僧侶と芸人、両方が本業と取り組んできたが、世間から興味本位に見られることに悩んだ時期もある。芸歴20年を迎えた09年、僧侶であることを正式に公表。翌年、父の死去により住職を継いだ。

人からは正反対といわれる寺の仕事と演芸の仕事だが、人を笑顔にできる点が似ていると感じている。東日本大震災後、福島の仮設住宅を慰問に訪れ、夜中に津波を思い出すというお年寄りから「拍手して笑うことで忘れられた」と声を掛けられ、自分にもできることがあると力づけられた。僧侶の仕事でも、法要や葬儀後に「心が楽になった」と言われる時がある。花まつりや施餓鬼などの余興で寺の行事に出演する機会も多いが、身に付けた芸を使っての布教ができればと考える。

今後やってみたい企画は第二の人生の生きがい探しを訴える「お寺での高齢者によるファッションショー」という。

(山縣淳)