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職捨て神社復興の半生 ござ1枚で布教できる

大阪府交野市・星田神社星田妙見宮 佐々木久裕宮司

2017年6月28日付 中外日報(キラリ ― 頑張る寺社・宗教者)

妙見宮拝殿を背に自ら整備した石段に立つ佐々木宮司
妙見宮拝殿を背に自ら整備した石段に立つ佐々木宮司

昨年7月、鎮座1200年を祝った大阪府交野市の星田妙見宮。だんじり曳行や100人の稚児行列など2日間の奉祝大祭を100人超の近隣ボランティアが裏方として支えた。「地域の皆さんが目いっぱい頑張ってくださった」と佐々木久裕宮司(64)は感謝する。

妙見宮は星田神社(同市)の境外社。妙見山の石段を262段上った山頂近くに拝殿と社務所がある。縁起では816年、弘法大師空海がこの地を訪れ、秘法を修すると天上から北斗七星が落ち、星の道場として創建したという。

佐々木氏が訪れたのは40年ほど前。同府東大阪市の自宅で発見した古文書で、先祖の妙見宮への信仰を知ったのがきっかけだが、訪ねて驚いた。参道は草木が生い茂りクモの巣だらけ。社は傷みホコリにまみれていた。荒廃ぶりに呆然とする中、「ここにはすごい神様がいる。復興したい」という思いが湧き上がったという。

当時の宮司は高齢で、神社の資金はゼロ。コンピューター販売の自営業をしていた佐々木氏は仕事が終わると毎晩、懐中電灯と大工道具を手に神社に通い、参道、階段の整備や灯籠、社の修繕をこつこつ進めた。

「これでは追い付かない」と2年後には仕事を辞め、作業を続けながら独学で神職の資格を取得。1996年に先代が引退すると氏子にも推されて宮司に就いた。まず取り組んだのが昭和初期に途絶えた祭りの復活だ。星祭り・七夕祭・星降り祭の「三大星の祭典」を翌年によみがえらせると、名前を知るだけだった神社に地域の人々も徐々に足を運ぶようになった。

参道に設置された竹ぼうきで、地域の人は自発的に掃除をする。同様に復興した星田神社では毎朝100人前後が宮司と共に拝礼して体操に励む。

復興は「途上」だ。大通りに鳥居を建立する計画を温めながら、隣の寝屋川市でも兼務する2社の再建作業を進めており、「まだ死ねないですね」と笑う。

寺社の「消滅」の危機が叫ばれている。佐々木氏は「建物が立っても100年で駄目になる。何を残すのか、問われるのは中身と信仰心。ござ1枚でも布教はできるという精神がなければ宗教界は駄目になる」と自戒を込めて語った。

(飯川道弘)