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境内でインド仏跡お砂踏み 構えず布教、釈尊語る

群馬県桐生市・時宗青蓮寺 本間光雄住職

2018年4月4日付 中外日報(キラリ ― 頑張る寺社・宗教者)

モニュメントとお砂踏みができる敷石。敷石はケンケンパで遊べるように配置した。右は本間住職
モニュメントとお砂踏みができる敷石。敷石はケンケンパで遊べるように配置した。右は本間住職

織物の街として知られる群馬県桐生市にある時宗青蓮寺。JR桐生駅から徒歩30分の同寺境内で目を引くのが、最上部を背中合わせの4頭のライオン像が飾る永代供養墓苑「アユスの郷」のモニュメントだ。釈尊の初転法輪の地サールナートで出土した「アショーカの獅子柱頭」の複製をデザインに取り入れた。本間光雄住職(68)のインド仏跡への思いを具現化し、釈尊への崇敬の念を育む教化にも役立っている。

本間住職は時宗元教学部長。過酷な遊行の旅の道中で臨終を迎えた宗祖一遍上人と釈尊の生涯が重なることに気付き、「一遍上人はお釈迦様の後ろ姿を追い続けたのではないか」と思うようになった。

2005年、念願がかない初めてインド仏跡参拝に参加した。だが、足を運べなかった聖地もあり、より深く知りたいと改めて仏跡について調べ、以後3回にわたり自ら旅行を企画した。通常の巡拝では訪れない場所も旅程に組み込んだ。

また、マガダ国の都王舎城があったラージギルの霊鷲山は通常のツアーでは日の出に合わせて朝に訪れることが多いが、浄土門の僧侶として日没時の登頂にこだわった。霊鷲山で釈尊が説いた『観無量寿経』中、極楽浄土に往生するための13の観想法の第一として、沈む夕日を見ながら浄土を思う日想観が挙げられているからだ。

「アユスの郷」のモニュメント前には仏足石が置かれ、その前まで敷石が連なる。一つ一つの敷石の表面には「ブッダガヤ(降魔成道の地)」のようにインド仏跡の地名と簡単な説明が刻まれている。石の下には、本間住職が現地を巡礼して持ち帰った仏跡の土やれんがのかけらなどが納められ、お砂踏みができるようになっている。

敷石はケンケンパで遊べるように配置されており、幼い子どもたちに人気だ。参詣者と敷石を見ながら釈尊の生涯や教えを語る機会が増え、構えずに布教ができるという。

本間住職は「各宗派の僧侶がインド仏跡を巡拝することで、宗派の教義を超えた共通の基盤ができる」と仏跡巡礼の意義を強く訴える。

巡礼記録をまとめた私家版の『お釈迦様の背中を見つめて』は改訂を重ね、約300ページになった。近年は明治期以降の日本人のインド仏跡参拝の歴史に目を向け、史料を集める日々だ。

(山縣淳)