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ミャンマー反イスラム感情高まり 結束強める仏教徒

東京外国語大教授 土佐桂子

2014年5月14日付 中外日報(世界宗教地勢)

ミャンマー

ミャンマー連邦では2011年、テインセイン大統領のもとで新政権が発足し、予想以上に民主化が進み、世界の注目を集める一方で宗教対立にも目が向けられている。こうした対立には歴史的な政治・宗教状況が存在している。ミャンマーは人口の9割近くが上座仏教徒で、仏教は社会の核であり、政権の正統性の源泉でもあった。

前軍事政権は民主化運動を抑え込み、民衆の強い反発を招いた。上座仏教の僧侶は家族や生産活動といった「世俗」を捨てるものの、布施や教育の授受を通じて檀家とは緊密な関係を持ち、一般市民の苦難に寄り添ってきた。国内では統一サンガ(僧団)組織が1980年に形成され、歴代政権はこの組織の長老たちを取り込んでサンガ統治を試みたが、必ずしも成功しなかった。2007年、ガソリン急騰とその後の僧侶への暴力を契機とした「僧侶デモ」はその一例だ。この時期の僧侶の活動は民主化を望むリベラルな動きであった。

12年、国民民主連盟(NLD)の党首アウンサンスーチーが補欠選挙で議員となって以降、民主化はさらに加速化し、言論の自由等も確保されはじめた。政府と民衆の対立という図式は解消されつつあるが、従来抑制されてきたさまざまな集団の意見、権利表明が可能となり、極端な意見も出されるようになった。こうした背景のもとで仏教とナショナリズムが結びつく保守的な動きが生じるようになった。

ヤカイン州に居住するムスリム系ロヒンギャ民族の帰属問題については歴史的経緯もあり、異なる見解が並立してきた。難民化したロヒンギャ住民の流入にはヤカイン民族仏教徒が反発し、12年6月に対立が激化、双方に死傷者が出た。報道を通じて、反ムスリム的感情が広範に広がったことも一因と考えられる。公式発表でのムスリム人口比は3・9%だが、増加傾向にあり、現在は人口の1割とも言われ、仏教徒の危機感は強い。歴史的にもムスリムとの婚姻で仏教徒女性の改宗増や婚姻慣習の違いが何度も社会問題となってきた。13年のメイクテイラ、ラシオなど各地の宗教対立も、仏教徒・ムスリム間でたまたま起こった事件が双方の対立感情を誘引し、暴動につながった例といえる。

11年頃から「九六九」といわれる新仏教運動が僧侶と在家双方のネットワークを通じて全国に広がっている。「九六九」とは仏陀の九徳、六つの教え、僧侶の九徳から取り、仏教の教えを強化する運動と説明されるが、イスラム系商店での不買奨励といった反イスラム的特徴を含む。つまり、反イスラムという点では、この動きは従来真っ向から対立してきた軍政保守派と同じ立場をとることになる。政府、宗教省は危機感を抱き、13年9月にサンガ組織内で九六九運動の自重を促す指令を出している。

同時期にこうした運動に賛同する僧侶を中心に「民族宗教保護法」の制定を求める署名運動が始まり、短時間で300万人もの署名を集め、国会に請願書を提出した。現在大統領命により、関係省庁が立法にむけて草案を再度作ることになっているが、原案には一夫一妻制度、改宗に際しての宗教登録、仏教徒同士の婚姻を規定化等が含まれている。

これが実際に法案となるかは未定だが、仏教が主流の社会で他の宗教といかに共存するかは、政権、政治家だけでなく、僧侶を含む仏教徒に課せられた重要な課題といえるだろう。

とさ・けいこ氏=専門は文化人類学(ミャンマーの宗教と社会)、民族問題にも取り組む。著書には『ビルマのウェイザー信仰』など。