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タイ「律」を重視する日常 消費文化に揺れる信仰心

マヒドン大講師 小布施祈恵子

2014年6月25日付 中外日報(世界宗教地勢)

タイ

半年以上にわたる政治混乱の末、先月、軍によるクーデターが決行されたタイ。デモの様子をニュースでご覧になった方も多いと思うが、それと並行して宗教者の政治参加に関する議論が巻き起こっていたことはご存じだろうか。

議論の発端になったのはタイ人の95%近くが信奉するテーラワーダ(上座部)仏教の僧侶、ブッダ・イッサラ師。ステープ元副首相と共に反政府派運動の中核を担った人物だが、僧侶の政治参加を禁じるタイサンガ(僧団)の教えに反するとして大きく非難された。もちろん少数派だが熱心な支持者もいる。一方、政治的意図は支持するが活動内容が僧侶にふさわしくないという声も聞かれた。

僧侶の政治参加がタイで禁止されている理由としてよく引かれるのが、出家者が守るべき規則「律(Vinaya)」である。ただ政治参加を禁ずる明確な記述はなく、禁止はあくまでより一般的な規則(例えば「人の対立を促すような発言をしてはならない」など)に基づくもので、解釈は国によって異なる。

現在タイでは出家者に選挙権はないが、同じくテーラワーダ仏教徒が多数を占めるスリランカでは、僧侶が選挙権を持っているだけでなく、自ら政党を作ったり国会議員になったりしている。

タイに住んでいると日常のさまざまな場面で「律」の重要さを実感する。例えば正午以降固形の食事をとってはならないというのは基本中の基本で、学会などを開催する場合は早めに午前の部を終了するか、僧侶だけが先に退席して食事をとる。私の勤める大学の授業も午前11時半までになっていて、延長すると出家者の学生さんは途中でごそごそと出て行ってしまう。

ただこれに関しても地域差があり、タイ北部チェンマイ県などの農村部では午後にも出家者に食事を提供するところがあるという。大乗仏教の影響だとか、提供された食事を受け取れば在家の人が徳を積むことができるのであえて断らないのだとか、説明はいろいろあるようだが、一般的に午後に食事をとらないことは僧侶にとって重要な修行であるとみなされている。

テーラワーダ仏教社会は在家者が出家者の日常を支え、出家者は修行を積むとともに在家者に教えを説くという関係によって成り立っていると言われるが、この他タイの宗教実践で特に顕著なのが「お守り」文化である。「お守り」にもいろいろなタイプがある。いわゆる携帯品としてのお守りには仏陀やタイの高僧を冠したものが多く、非常に高価なものもある。バンコクのマハタート寺のそばにあるお守り市場は有名で、さまざまなお守りが所狭しと並んでいる。仏教徒の車のフロントガラスの手前には小さな仏像や名僧の像が大抵一つは置かれている。前がよく見えないのではないかと思うほど沢山のお守りを並べている車に出会うこともある。

また「聖水」や「聖糸」を受ける儀式もよく行われる。仏像のそばに水やより糸を用意して僧侶が読経を行うのだが、これによって水や糸が加護力を持つとされている。一部の寺院ではこうして作った聖水をプラスチックボトルに入れて提供しており、これを飲んで長い間患っていた病気やけがが治癒したと言う人もいる。

昨今タイでは近代化と消費文化の拡大にともなう宗教離れが危惧されることが多いが、人々の信仰心はさまざまな形で生き続けている。

おぶせ・きえこ氏=京都大文学部卒、英国オックスフォード大神学部博士課程修了。専門は宗教学。タイ国立マヒドン大宗教学部講師。