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イラクカリフ制樹立を宣言 「イスラーム国」の誕生

中東調査会 研究員 髙岡豊

2014年9月10日付 中外日報(世界宗教地勢)

イラク

2014年6月に、モスルなどイラクの中西部に侵攻した「イラクとシャームのイスラーム国(ISIS)」は、イスラーム世界での断食月の開始に合わせ、自派の首領をカリフに推戴し、団体名を「イスラーム国」に改称した。カリフとは、預言者ムハンマドの死後イスラーム共同体を指導する立場の人物であり、実質を伴うカリフはイスラーム世界に長らく存在していない。

「イスラーム国」の前身となった組織が、既に06年秋に「イスラーム国家」の樹立を宣言していることから、今般の同派の行動で重要なのは「国家」を主張したことではなく、イスラーム共同体全体に対する指導権の主張を意味する「カリフ制」樹立宣言である。

このような事態に至った原因の一つは、「イスラーム国」がイラクの隣国のシリアでの紛争の結果、同地での反体制武装闘争に送り込まれる人員や資金などの主な受け皿となり、力を付けたことである。これにより本来は「テロリスト」として国際的な取り締まりの対象となるはずの「イスラーム国」は、資源の調達経路を確立した。

もう一つは、イラクにおいて内閣や議会のような機関が機能不全を来し、政治的な不満を武装闘争によって解決しようとする機運が高まったことである。「イスラーム国」はこうした機運に乗じ、政治的・経済的な不満を抱くイラク国内の諸勢力と足並みをそろえて攻勢に出たのである。

しかし、「イスラーム国」の攻勢や「カリフ制」樹立宣言への反響は、インターネット上での同派のファン層を除けば厳しいものであった。6月のイラクでの攻勢で同派と連携したとされる地元の諸勢力は、イラク国内での政治・経済的権益の分配比率を改変しようとする勢力であり、既存の国家を破壊しようとする「イスラーム国」とは相いれないものである。

また、「イスラーム国」が占拠した地域でキリスト教徒への人頭税の賦課や追放、モスクも含む諸般の宗教施設の破壊など、彼らの極端なイスラーム解釈を実行すると、同派とイラクの諸勢力は決裂した。「イスラーム国」の思想や行動様式は、彼らと同じスンナ派のイラクの人々でも受け入れ難いものなのである。また、「カリフ」とはスンナ派の共同体からの選出と忠誠の誓いによって認められるべきものと考えられているため、非常に極端な思想を持つ「イスラーム国」による「カリフ」の擁立は、ほとんど支持されていない。

「イスラーム国」を中心とする現在の情勢をスンナ派とシーア派との宗派対立と見なす考え方があるが、この見解が実態を反映しているとは限らない。いずれの宗派も、政治的・社会的に均質で一体的な集団ではなく、イラクにおいてもいずれの宗派の中でも複数の政治・軍事勢力が並立している。

宗派主義的言辞は、選挙や政局で支持者を動員するために用いられる旗印の意味を持つ。また、「イスラーム国」の存在は、イラクやシリアの政情だけでなく、この両国の情勢に関与する諸外国の国際関係や安全保障政策にも影響されている。

このように、「イスラーム国」による「カリフ制」樹立がその宗教的正統性や、政治的・社会的に実態を伴うものとして支持される可能性を鑑みると、疑問の方が先に立つものである。

たかおか・ゆたか氏=専門は現代シリアの政治でイスラーム過激派についても詳しい。著書には『現代シリアの部族と政治・社会』などがある。