ニュース画像
避難所となった当時を振り返りながら講話する本川住職
主な連載 過去の連載 エンディングへの備え
苦縁―東日本大震災 寄り添う宗教者たち
購読のお申し込み
新規購読キャンペーン
紙面保存版

インドネシア国民の85%がムスリム 政治動かす勢力争い

東北大教授 木村敏明

2014年9月24日付 中外日報(世界宗教地勢)

インドネシア

2014年7月22日、インドネシア大統領選挙管理委員会によって選挙結果が公表された。当選者は闘争民主党の“ジョコウィ”ことジャカルタ州のジョコ・ウィドド知事。その飾らない人柄、庶民層の出自、そして州知事としての手腕などから、汚職など長期政権の弊害が目立ち始めたユドヨノ政権に代わるにふさわしい人物としてかねて注目を浴びていた人物である。

驚かされたのはジョコウィの対抗馬、グリンドラ党のプラボウォの健闘である。選挙管理委員会によれば両者の得票差は6%にすぎず、いくつかの地域ではプラボウォが勝利を収めさえした。

プラボウォは元陸軍戦略予備軍司令官で、インドネシアで30年以上にわたる長期独裁政権をしいたスハルト元大統領の娘婿(のちに離婚)でもある。東ティモールでの国軍による虐殺事件に関与したとの指摘もある。1998年に政権の座を追われたスハルトとの関係を隠すどころかむしろ誇示するプラボウォの善戦は、意外と言う他ない。

この躍進はしばしばスハルト時代へのノスタルジアとして説明されるが、それだけにとどまらない。全国民の85%以上がムスリムであるインドネシアでは多様なイスラーム勢力間の力学が政治的に重要な意味をもつのである。

インドネシアにはイスラームを土台にした政党がいくつか存在している。それらは大きく「保守派(国民覚醒党)」「近代派(国民信託党)」「イスラーム主義(福祉正義党・開発統一党・月星党)」に分けることができるだろう。保守派はインドネシアの文化伝統と融合した土着的イスラームを基盤とし、穏健な寛容さや人権重視の姿勢を売りにしている。

近代派はイスラームの聖典の教えに忠実であることを重視し伝統的宗教や社会の改革を主張している。また、イスラーム主義の諸政党はより先鋭的にイスラーム国家の樹立を政策として掲げて勢力を伸ばしてきた。4月の総選挙ではこれらの5政党で全体のおよそ30%の票と議席を得ている。

今回の一連の選挙で保守派は早くからジョコウィ支持をうちだしていた。ジョコウィ自身はムスリムであるものの、闘争民主党にはキリスト教徒の支持者も多く、ジョコウィの盟友アホッがクリスチャンだったことから、熱心なムスリムの中には懐疑的な目を向ける人も多かった。そのようなムスリムの声を受け、また保守派への対抗から、近代派やイスラーム主義の政党が、本来相容れるとは思えないプラボウォの支持へと傾いたのである。

特に近代派の中心人物アミン・ライス(国民信託党)はスハルト政権打倒闘争の中心人物だったにも関わらず、スハルトの幻影を身にまとったプラボウォに熱烈な賛辞を贈り、話題となった。プラボウォ陣営の選挙戦では元軍人としてのマッチョさと並んで、恐らく本人も思ってもみなかったであろうが、その「イスラームらしさ」がアピールされることとなった。プラボウォが思いのほかしぶとく票を獲得した背景にはこのような近代派やイスラーム主義勢力の支持があったことは間違いない。

プラボウォの敗北によって、インドネシアはとりあえず守旧派とイスラーム主義の奇妙な合体からなる不安定な船での出航を免れた。しかしジョコウィ政権にも今後これらのイスラーム勢力との関係をいかに築くかという重い課題がつきつけられているのである。

きむら・としあき氏=専門は宗教学。インドネシアの宗教と社会について研究を行っている。著書は『不平等生成メカニズムの解明』(編著)など。