ニュース画像
境内が陥没した日浦山神社
主な連載 過去の連載 エンディングへの備え
苦縁―東日本大震災 寄り添う宗教者たち
購読のお申し込み
新規購読キャンペーン
紙面保存版

マレーシア非ムスリムと「アッラー」 使用禁止判決の背景

日本学術振興会特別研究員 塩崎悠輝

2014年10月22日付 中外日報(世界宗教地勢)

マレーシア

2006年、マレーシア政府は、マレーシアのカトリック教会が出している週刊誌のマレー語版の発行を規制した。理由は、キリスト教の神が「アッラー」と表記されていることが法に抵触し、マレー語読者にキリスト教の神とイスラームのアッラーについての混乱を招く恐れがあるというものであった。これを不服としたカトリック教会側は政府を訴えた。一審では勝訴したものの、上訴後の二審では敗訴し、14年5月、三審目の連邦裁判所で敗訴が確定した。

諸外国では判決は特異なものと見なされ、国際的な反応を引き起こした。キリスト教関係者や人権団体からは信教の自由の観点からマレーシア政府への批判が寄せられた。中東では古来、キリスト教の聖書でも神は「アッラー」と表記されてきたこともあり、世界各地のイスラーム団体からも判決を非難する声明が寄せられた。

この裁判の背景は、非常に国内政治的なものであり、近年マレーシアで高まってきたイスラームとキリスト教の対立を端的に反映したものであった。マレーシアの中でも西側のマレー半島部では、歴史的にイスラームとマレー人、そしてマレー人を中心とした政治体制が、密接に結びついてきた。

マレーシアでは、マレー人というのはイスラームの信徒であると憲法で定義されている。国家元首となるのはスルタン等の称号を持つ各州のマレー人君主たちである。また、スルタンたちは憲法で「イスラームの首長」と定義されており、イスラームに関わる案件に関しては、ほぼ無制限の権限を有している。マレーシアでは1957年の独立以前から現在に至るまで、宗教間・民族間の関係が最大の課題である。

現代はイスラームの信徒人口が増えており、2010年の国勢調査では、イスラーム61%、仏教20%、キリスト教9%、ヒンドゥー教6%となっているが、イスラーム以外の宗教も大きな存在感がある。これは、イギリスが植民地統治期に労働力確保のため中国やインドからの人口移入を進めてきたためであった。

「先住民族」を自任するマレー人は、他民族、他宗教を警戒し、制度的にイスラームの特別な地位を確保することに執着し続けてきた。憲法はイスラームを「連邦の宗教」と定義し、さまざまな政策面で優遇するとともに、他宗教の信者がイスラームの信徒に対して自らの信仰を広めることを法的に禁じている。イスラームの信徒でない者が「アッラー」をはじめとするイスラーム用語を使用してはいけないという法律もその一環である。

しかしイスラーム団体等は特にキリスト教への警戒を強めており、彼らがマレー語訳の聖書や雑誌を流布することでマレー人を混乱させ、キリスト教を受け入れさせようとしているとの主張が見られる。08年の総選挙で与党が大幅に議席を減らした原因が、キリスト教徒等の野党支持への転換にあると見た一部のマレー人によるキリスト教に対する非難が目立つようになった。

カトリック教会の雑誌が規制されたのは、近年高まっているイスラームとキリスト教の対立の一環と見なされ、双方の陣営の関心事項となった。対立は潜在的なものであるが、10年以降は教会が放火される、モスクに豚の生首が投げ込まれるといった事件が頻発しており、対立のさらなる深刻化をうかがわせる。

しおざき・ゆうき氏=専門は東南アジアのイスラーム、特にイスラーム法。著書に『マイノリティ・ムスリムのイスラーム法学』など。